その抱擁は、まだ知らない愛のかたち

怒り

朝の日差しがやわらかく差し込むダイニングで、今日子は麻里子が用意した朝食をゆっくりと味わっていた。テーブルには焼きたてのパンと、野菜たっぷりのスープ。香ばしい香りが部屋を包んでいる。

「昨日は本当にありがとう。あんなに楽しかったの、久しぶりだったわ」

フォークを置きながら、今日子がふっと笑みを浮かべた。

「貴之さんにも、お礼を言っておいてくれる?」

「もちろん。伝えておくね」

麻里子が頷くと、今日子は少し照れたように麻里子の顔を見つめる。

「……麻里ちゃん、素敵な人に愛されてるのね」

麻里子は少し驚いたように目を丸くし、それから優しく微笑んだ。

「今日ちゃんだって、旦那さんと……少なくとも、そんな時期があったんじゃない?」

「……うん、そうね。あったと思う」

「今だって、まだわからないわよ?」

今日子は小さく頷いた。

「……そうね。甘えてみるわ」

「そうそう。朱里ちゃんももう家にいないんだから、これからは夫婦ふたりきりの時間。頑張って」

麻里子は、そう言って立ち上がり、キッチンからコーヒーを淹れて戻ってきた。

湯気の立つカップを前に置きながら、ふと思い出したように尋ねる。

「ねえ、今日ちゃん。プレゼント、開けてみた?」

「ううん、まだ。すっかり忘れてたわ」

「役に立つかどうかはわからないけど……そういうつもりで選んだわけじゃないの。でも、ちょっと背中を押せるかもしれないって思って」

麻里子が意味ありげに微笑む。

「じゃあ……開けさせてもらうね」

今日子は丁寧に包みを開けていく。リボンを解き、紙をそっと広げると、そこから現れたのは、シルクの光沢のナイトドレス。

「……わあ、素敵!」

息をのむように今日子が声を上げる。

「麻里ちゃん、ありがとう!こんなに綺麗なの……」

「ひと目で気に入って、自分用にも買っちゃったの。エレガントで、可愛くて、でもちょっとセクシーでしょ?」

「本当に……着てみたくなる。なんだか、女性に戻れそうな気がするわ」

そう言って、今日子は昨日涙していたことが嘘のように、明るい笑顔を浮かべた。

その笑顔は、どこか凛としていた。

「ありがとう、また連絡するね」

そう言って今日子がマンションのエントランスに消えるまで、麻里子はドアの外で見送っていた。
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