その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
一方その頃、貴之は苛立ちを抑えきれずにいた。
麻里子が会ってくれない──その事実に、落胆というより怒りが込み上げてくる。
「……またか」
拳を握りしめたまま、ソファに沈み込む。
頭では心配しようとしているのに、感情は逆方向へ暴走していた。
麻里子の、あの曖昧な態度。何を考えているのか、なぜ言葉にしないのか。
不満があるなら言えばいい。俺は、できる限りのことをしてきたつもりだ。
今後のことも考えている。
なのに──なぜ、彼女はまた扉を閉ざすのか。
貴之は、自分が「同棲」という重大な決断を、麻里子の気持ちを十分に聞かずに一方的に進めていたことに、まだ気づいていなかった。
そのときだった。
スマートフォンが震え、小さな通知音が鳴る。麻里子からのメッセージだった。
「明日、お話したいことがあります。お時間をいただけますか?」
文面からは感情が読み取れない。だが、何か決意のような重みが滲んでいた。
貴之はすぐに返信した。
「明日の朝でいいか? こっちに来るか?」
返ってきたのは、短く静かな言葉だった。
「いいえ。こちらでお待ちしています」
一瞬、胸の奥にざらりとした違和感が走る。
それが不安なのか、それとも警戒心なのか、自分でもよくわからなかった。
貴之は、画面を見つめたまま、そっと指を動かす。
「わかった。じゃあ、明日。おやすみ」
数秒後、麻里子からも返ってくる。
「おやすみなさい」
画面が暗くなる。部屋の中の静けさが、ひどく堪える夜だった。
ベッドに入ったものの、貴之は眠れなかった。
麻里子からの「明日、お話したいことがあります」という一文が、脳裏で何度も繰り返されていた。
お話したいこと。
──何を言われるんだ?
不安がじわりと滲む。その正体を認めたくなくて、苛立ちの方に逃げようとする。
彼女のことは大切にしている。
……いや、違う。もう「大切」なんて言葉じゃ足りない。
失いたくない。手放せない。
ようやく手に入れた彼女との日常を、もう絶対に離したくない。
だが、その思いとは裏腹に──自分は、彼女の本音をちゃんと聞いてきただろうか?
ふと、麻里子が見せた一瞬の寂しげな表情が蘇る。
無理して笑っていたあの夜のこと。
何も言わずに、メモを残して去った朝のこと。
(俺は……何もわかっていなかったのかもしれない)
ベッドサイドのグラスの水を一口飲み、貴之は天井を見つめる。
ふたりで暮らす準備を整えて、環境を整えて、未来を描いて──
けれど、それを“ふたりで”決めたと言えるのか?
麻里子が「一人にさせてください」と送ってきた言葉の重さが、今になって胸に沈んでくる。
午前二時を過ぎても、眠気は訪れなかった。
ただ静かに──明日が怖かった。
貴之は、自分がこんなふうに誰かの言葉を待つ夜を過ごすとは、思ってもみなかった。
けれど今、麻里子が出す“答え”次第で、何かが決定的に変わってしまう気がしていた。
麻里子が会ってくれない──その事実に、落胆というより怒りが込み上げてくる。
「……またか」
拳を握りしめたまま、ソファに沈み込む。
頭では心配しようとしているのに、感情は逆方向へ暴走していた。
麻里子の、あの曖昧な態度。何を考えているのか、なぜ言葉にしないのか。
不満があるなら言えばいい。俺は、できる限りのことをしてきたつもりだ。
今後のことも考えている。
なのに──なぜ、彼女はまた扉を閉ざすのか。
貴之は、自分が「同棲」という重大な決断を、麻里子の気持ちを十分に聞かずに一方的に進めていたことに、まだ気づいていなかった。
そのときだった。
スマートフォンが震え、小さな通知音が鳴る。麻里子からのメッセージだった。
「明日、お話したいことがあります。お時間をいただけますか?」
文面からは感情が読み取れない。だが、何か決意のような重みが滲んでいた。
貴之はすぐに返信した。
「明日の朝でいいか? こっちに来るか?」
返ってきたのは、短く静かな言葉だった。
「いいえ。こちらでお待ちしています」
一瞬、胸の奥にざらりとした違和感が走る。
それが不安なのか、それとも警戒心なのか、自分でもよくわからなかった。
貴之は、画面を見つめたまま、そっと指を動かす。
「わかった。じゃあ、明日。おやすみ」
数秒後、麻里子からも返ってくる。
「おやすみなさい」
画面が暗くなる。部屋の中の静けさが、ひどく堪える夜だった。
ベッドに入ったものの、貴之は眠れなかった。
麻里子からの「明日、お話したいことがあります」という一文が、脳裏で何度も繰り返されていた。
お話したいこと。
──何を言われるんだ?
不安がじわりと滲む。その正体を認めたくなくて、苛立ちの方に逃げようとする。
彼女のことは大切にしている。
……いや、違う。もう「大切」なんて言葉じゃ足りない。
失いたくない。手放せない。
ようやく手に入れた彼女との日常を、もう絶対に離したくない。
だが、その思いとは裏腹に──自分は、彼女の本音をちゃんと聞いてきただろうか?
ふと、麻里子が見せた一瞬の寂しげな表情が蘇る。
無理して笑っていたあの夜のこと。
何も言わずに、メモを残して去った朝のこと。
(俺は……何もわかっていなかったのかもしれない)
ベッドサイドのグラスの水を一口飲み、貴之は天井を見つめる。
ふたりで暮らす準備を整えて、環境を整えて、未来を描いて──
けれど、それを“ふたりで”決めたと言えるのか?
麻里子が「一人にさせてください」と送ってきた言葉の重さが、今になって胸に沈んでくる。
午前二時を過ぎても、眠気は訪れなかった。
ただ静かに──明日が怖かった。
貴之は、自分がこんなふうに誰かの言葉を待つ夜を過ごすとは、思ってもみなかった。
けれど今、麻里子が出す“答え”次第で、何かが決定的に変わってしまう気がしていた。