さよなら、痛みの恋 ― そして君と朝を迎える



 そして彼に連れて行かれたのは、地元の小さな展望台だった。中学のころ、ふたりでよく登った、懐かしい場所。

 黄昏時の空が茜色に染まり、遠くに街の灯りが瞬き始めていた。


「ここ、覚えてる?」

「……もちろん。悠真と喧嘩したあと、ここで仲直りしたんだよね」

「そう。あのときみたいに、また笑ってくれて嬉しいよ」



 言葉を重ねるたびに、距離が縮まっていくのがわかった。

 そして、紗夜が思い切って口を開く。


「ねえ……私、まだ恋愛が怖い。誰かを好きになることも、信じることも、勇気がいる。でも……悠真なら、好きになってもいいかなって、思えるようになってきたの」

 悠真は、まっすぐ紗夜を見つめたまま、ひと言だけ答えた。

「俺は、待ってるよ。紗夜が“好き”を口にしてくれる日まで、何年でも待てる」

 その瞬間、胸に積もった霧がすっと晴れたような気がした。

 ふたりの距離が、ほんの少し近づいたその時――


「……でも、今日だけは、勇気を出してもいい?」


 紗夜が、そっと彼の手を握った。

 そして、顔を上げて。

「好き。……悠真のことが、好きだよ」

 彼の目が見開き、そして優しく細められる。
 あたたかくて、どこまでも真っ直ぐな手が、彼女の頬に触れる。

「紗夜……俺も、ずっとずっと、好きだった」

 ふたりは、ゆっくりと唇を重ねた。

 それは、傷を癒すためのキスではなかった。
 信じるためのキスだった。
 もう一度、誰かと未来を描くための、最初の一歩だった。



< 9 / 24 >

この作品をシェア

pagetop