さよなら、痛みの恋 ― そして君と朝を迎える
そして彼に連れて行かれたのは、地元の小さな展望台だった。中学のころ、ふたりでよく登った、懐かしい場所。
黄昏時の空が茜色に染まり、遠くに街の灯りが瞬き始めていた。
「ここ、覚えてる?」
「……もちろん。悠真と喧嘩したあと、ここで仲直りしたんだよね」
「そう。あのときみたいに、また笑ってくれて嬉しいよ」
言葉を重ねるたびに、距離が縮まっていくのがわかった。
そして、紗夜が思い切って口を開く。
「ねえ……私、まだ恋愛が怖い。誰かを好きになることも、信じることも、勇気がいる。でも……悠真なら、好きになってもいいかなって、思えるようになってきたの」
悠真は、まっすぐ紗夜を見つめたまま、ひと言だけ答えた。
「俺は、待ってるよ。紗夜が“好き”を口にしてくれる日まで、何年でも待てる」
その瞬間、胸に積もった霧がすっと晴れたような気がした。
ふたりの距離が、ほんの少し近づいたその時――
「……でも、今日だけは、勇気を出してもいい?」
紗夜が、そっと彼の手を握った。
そして、顔を上げて。
「好き。……悠真のことが、好きだよ」
彼の目が見開き、そして優しく細められる。
あたたかくて、どこまでも真っ直ぐな手が、彼女の頬に触れる。
「紗夜……俺も、ずっとずっと、好きだった」
ふたりは、ゆっくりと唇を重ねた。
それは、傷を癒すためのキスではなかった。
信じるためのキスだった。
もう一度、誰かと未来を描くための、最初の一歩だった。