甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 増沢の仕事は、やっぱり早く――翌日、日曜日の午後には、弁護士の櫛方さんと向かい合うコトとなった。
 長年、”ツクモダ”の顧問弁護士をしていたというが、私の記憶には、全然無かった顔だ。

「お初にお目にかかります、弁護士の櫛方と申します」

 ふくよかな身体をスーツに包んだ年配の男性は、にこやかに私に挨拶をした。
「あ、は、初めまして……津雲田月見、です」
 それにぎこちなく返すと、彼を狭い部屋の中に通す。
 私と向かい合って座り、後ろには増沢が待機。
 話す内容が内容だけに、この部屋に来てもらったけれど、彼は何を言うでもなく、淡々と用件を話し始めた。

「――では、本題に参りましょうか」

 彼は、その、外見にそぐわない細く鋭い眼で、眼鏡の奥から私を見やった。
 その視線の強さに、思わず、背筋が伸びる。
 私は、チラリ、と、増沢を肩越しに見やるが、すぐに向き直った。

 ――今は、ちゃんと話を聞かなきゃ。

 櫛方さんの言うコトは、かなり難しかったけれど――時折、増沢が口を挟んでくれて、何とか、書類作成にこぎつけられそうだった。

「月見さんのご両親のご親戚――つまり、ツクモダの上層部の方々には、それなりの手配を進めております。もう、レオン薬品に吸収されたツクモダにかかわる権利は無いものと扱われますので、ご安心ください」

「え、えっと……」

 私は、混乱する頭で何とかうなづこうとするけれど――何かがひっかかって、一時停止した。

「どうなさいました、お嬢様?」

 それに気づいた増沢が尋ねてくる。
 私は、頭の中をかすめたそれを、無意識に口にした。

「……”安心”……?」

 櫛方さんの話を聞いている最中、ずっと、ひっかかっていたのは、時折出てきた”会社の権利”という言葉だ。
 もう、ツクモダはすべて、レオン薬品のグループとして吸収合併――事実上、乗っ取られたようなもの。

 なのに、未だに、何かの権利が残っているというの。

 すると、櫛方さんは、困ったように増沢を見上げた。

「――月見さんは、事情をご存じ無いのでしょうか?」

「――申し訳ございません。いろいろと混乱がありまして、未だ、きちんとご説明はできずにおりました」

 私は、頭を下げる増沢を振り返る。

「……どういうコト?」

 ――また、私だけ、蚊帳の外?

 あからさまに不満を顔に出してしまった私を、増沢は、眉を下げて見やった。
「――お嬢様、一昨日、日水様とお話した事は、覚えておられますでしょうか」
「あ、当たり前でしょ」
 さすがに、それは記憶に残っている。
 増沢はうなづいて返し、櫛方さんを見やった。
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