甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 瞬間、私の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

「お、おい、月見?」

「――……お……遅いっ……!!!」

 そう言って、力任せに、美善さんの分厚い腹筋を叩き――叩いた私の手の方が痛かったけれど――次には自分から抱き着いた。

「――……や、やっぱり、嫌になった、とかっ……思ったじゃないっ……!」

「何でだよ。行くって言っただろ」

「でも……遅くなるなら、なるで、連絡くらい……」

 そう返すと、彼は、言葉に詰まった。
 それを不思議に思い顔を上げると、気のせいか――何だか、顎の辺りが赤い気がする。
「……美善さん?」
「――あー……っと……」
 彼が、気まずそうに視線をさまよわせている間も、私はジッと見つめる。
「……お、怒るなよ?」
「……何で?」
「――……以前(まえ)から聞いてただろ、ひったくりってヤツ」
「うん」

「――……たまたま遭遇して、だな……捕まえちまったんだ」

「……は???」

 私の目は点。一気に涙は止まり、頭の中は、ハテナマークだらけだ。
 美善さんは、苦笑いで私を離すと、辺りを見回し、部屋の中に入ってきた。
 そして、鍵をかけると、力の限りに私を抱き締める。
「――……悪ぃな、今まで、病院だの、警察だの、あちこち行ってたんだよ」
「え、び、病院?」
 驚いて美善さんを見やれば、先ほどの顎だの、頬だのに、擦り傷のようなものが見えた。
「だ、大丈夫なの?」
「ああ。ちょっと、捕まえる時に抵抗されてな――まあ、かすっただけだ」
「……っ……」
 何てコト無いように言うけれど、それでも、ケガはケガだ。

 ――そして、それは――万が一というコトだって――……。

 そう思った瞬間、ボロボロと止まっていた涙が、再びこぼれた。

「おい、月見、平気だって」

「平気じゃないっ!!!――しっ……死んじゃったらっ……どう、する気、だったのっ……!!!」

 私は、その場で泣き崩れる。
 
 ――人の命なんて、あっけなく消え去るもの。

 それは――両親の事故で、嫌というほどに実感している私だから、余計、怖かった。


 ――もし、美善さんまで、死んじゃったら――……。


 そう思ったら、子供のように泣き叫ぶ。

「み、美善さんの、バカァ……!!!」

「――月見」

「もう、嫌なのに――!!……大事な人が死んじゃうのは、もうっ……」

 ――嫌なのに。

 そう言おうとしたけれど、美善さんの唇で止められた。

「――……悪い」

「……バカー……」

「……ああ。――……そうだな……」

 彼は、私が泣き止むまで、ずっと、優しく抱き締め、頬やおでこ、そして、唇に、何度も何度も、キスを落とした。
< 115 / 116 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop