甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 美善さんは、以前のように、ただ、私の部屋に泊まっていった。
 朝になって、彼が先に起きて朝食の支度をしているのを見やり、一瞬、夢かとも思ったけれど。

「ああ、起きたか」

「……おはよう、美善さん」

「おう。おはよう」

 ベッドまでやってきた彼は、ぼんやりと起き上がった私の髪を撫でつけ、軽く額にキスをくれた。

「――……っ……!!?」

 瞬間、一気に目が覚めて固まっていると、彼は楽しそうに言う。

「何だ、理想の”甘い生活”には、程遠いか?」

「……っ……もっ……もうっ!」

 私は、反射で枕を投げつけるが、美善さんは、軽々とそれを受け止める。
 そして、元の位置に返すと、ベッドの脇に腰掛けた。
 その視線は――真剣で、私は、口を閉じて言葉を待つ。

「――なあ、月見。……やっぱり、同棲しねぇか?」

「……え」

 目を丸くする私に、彼は、苦笑いで続けた。

「結婚まで、まだ、やらなきゃいけねぇ事はあるが――……でも、このまま離れて暮らすのは、オレが嫌なんだよ」

 ほんの少しだけ、弱々しい声音。

 ――いつもの、自信満々の美善さんからは想像もつかず、私は、彼を見た。

「……もう、すれ違うのはごめんだからな。一緒に住んでいれば、嫌でも顔を合わせなきゃだし、話し合いだってできる」

「……美善さん……」

 私は、うれしさで胸がいっぱいになってしまい、涙ぐむ。

「お、おい、月見」

 彼は、動揺しながらも、優しく抱き締めてくれた。

「――……うん……。――……する……」

「え?」

「……同棲、する……」

 そう、真っ赤になってうなづくと、そっと、キスが落とされる。

「――……もう、後戻りできねぇからな?」

「いいもん」

 そして、そんな、ちょっと物騒な宣言に、私は彼の背に腕を回し、うなづいたのだった。



 それから、あれよあれよという間に、私は、美善さんの部屋に住む事になった。
 同棲が決まってからの彼の行動は、こちらが驚くくらいに素早くて。
 住んでいたアパートも、その月のうちに退去が決まり、広神さんに二人で挨拶に行った時には、その早さに驚かれたくらいだ。

 ――まあ、ケンカも程ほどにな。

 帰り際、からかい交じりにそう言われ、二人でバツが悪かったけれど。


 そして、退去の日。
 手続きなどのため、有給を半日、美善さんと二人で取った。
 もう、会社では婚約者として発表されてしまっているので、好奇の目はそんなには無かったけれど――やっぱり、恥ずかしいものは、恥ずかしい。

 ――……まあ、美善さんは、平然としているけれど。

「月見、忘れモン無ぇか?」
「あ、う、うん」
 私は、うなづいて返すと、キレイに片付いたアパートの部屋を見回し、ポツリ、と、つぶやいた。

「――どうした?」

「――……何か……思ってたより、広かったんだな、って……」

 そこは、今までの狭い印象の六畳一間ではなく――何も無い、広々とした部屋だった。

「――そうか」
「……いかに、自分が散らかしていたか、実感した気がする……」
「今さらだろ」
「今さらだけど」
 隣で待っていた美善さんに、からかうように言われ、ふてくされて返す。
 そして、大家さんに鍵を返して挨拶をすると、美善さんの部屋へと向かった。
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