甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 二人で美善さんのマンションに到着すると、エレベーターで最上階へ。
 今までと違い過ぎて慣れないけれど――やっぱり、何でこんな良いところに住んでいるのか、不思議になって、私は彼に尋ねた。

「ねえ、美善さん。何で、こんな良いトコ借りてるの?」

「――……ああ、言ってなかったか。――……このマンション、死んだ母親(・・・・・)の友達のモンなんだよ」

「え」


 ――……美善さん、お母さん、亡くなってたの……?


 硬直している私の背中を軽く叩き、彼は、中へうながした。
 そして、ソファに二人で座ると、その大きな身体を背もたれにもたれさせながら、続ける。

「――気に病むモンでも無ぇよ。単なる自損事故。仕事で寝不足が祟ったみてぇで、ガードレールに激突。――運が悪かっただけだ」

 私は、淡々と話している美善さんに、違和感を覚える。

 ――……お母さんのコトなのに……何で、そんな他人事(ひとごと)みたいに……。

 眉を下げる私を、子供のように自分のヒザに乗せ、彼は後ろから抱き締めてきた。
 その大きな手に、自分のものを重ね、私は尋ねる。

「……嫌い、だったの……?」

 そう言って振り返ると、彼は、一瞬だけ、視線を逸らし――けれど、苦笑いで首を振った。

「好き嫌い以前の問題だ。――オレにとって、両親は、滅多に顔を合わせない他人みてぇな存在だったからな」

 それは、私とは、似て非なる環境。
 ご両親を、そんな風に言う時点で、消化できない思いがあるのかもしれない。
 眉を下げた私を見やると、彼は表情を変えずに、話題を逸らした。

「――……レオン薬品は……まあ、祖父(じい)さんの会社なんだけどな。……母親は、アメリカ(むこう)の生活が肌に合わずに、俺が五歳の時に離婚して日本に逃げて(・・・)きたんだ」

「……”逃げて”?」

 ――何だか、穏やかではない言葉。
 美善さんは、私に視線を向けると、すぐに、高い天井を見上げた。

祖父(じい)さんは、離婚に大反対。――っつーのも、母親は、研究者として優秀だったから、親父との結婚を許されたらしくてな。逃げさせたくなかったってのが、あったんだろう」

 ――元々、彼のお母さんは、日本のレオン薬品の工場で研究者として働いていて、その時、本社からやって来たお父さんと結婚したと。
 でも、アメリカについて行かなきゃいけなくて――仕事も、向こうでは思うようにできなくて。
 いよいよ限界になり、離婚という話になったそうだ。

「母親は、仕事が生きがいだったからな。――……どうしても、父親を優先しなきゃいけない環境が、我慢できなかったんだろ」

 私には、全然想像がつかないけれど……お母さんは、仕事と家族なら、仕事を取る人だったというコトなんだろう。
 複雑な心境のまま、私は、美善さんを見上げる。
 すると、なだめるように、頭を軽く叩かれた。
「お前には、想像つかねぇだろうけどな」
「――……ごめんなさい」
「別に謝らなくても良い。大事なモンの優先順位なんて、人それぞれだ」
「……でも……」

 ――私は、両親や増沢が、ずっと大事にしてきてくれたから――やっぱり、想像がつかない。

 ――……けれど、美善さんは、それは、当然のコトなんだ……。

 心のどこかに、やりきれない思いはあるけれど、もう、それは、彼の中で消化されているのかもしれない。

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