甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 美善さんは、黙り込んだ私をヒザから下ろすと、再び、ソファに背を預けた。

「――それで、まあ、日本に帰ってから、いろいろ助けてくれた母親の友達って人が、ここを貸してくれて――今でも、厚意に甘えてるワケだが」

 言葉を切った彼は、少々苦々しい口調で続ける。

「それは感謝してるんだが――その人、独り身の自由人なモンで、急に人のコト呼び出して、あちこち振り回すんだよ」

 私は、ふと、思い当たり尋ねた。

「もしかして、以前(まえ)、連絡無かった時……って……」

「ああ。ちょっと、具合い悪くなってたから、見舞いがてら世話しててな。全快したら、まあ、振り回されまくりだった」

 電話で言ってた、不本意な予定のキャンセルは――そういうコトだったんだ。

 心の中のささいな引っかかりが取れ、少しだけ、ホッとする。
「仲良いんだね」
「あの時は、悪かったな。詳しいコトを説明するには、まだ、早いと思って――」
 私は、首を振って返す。
「そういうコトなら、仕方ないよ」
「――ありがとな」
 彼は、そう言って、私の頭を撫でる。
「あの人は、実の母親よりもオレを心配してくれてるから――優先させてぇんだ」
「美善さん……?」
 彼の言葉の端々に含むモノを感じ、視線を向ける。
 けれど、サラリ、と、返された。
「――……気にするな。母親は、お前の両親みてぇに、忙しくても、愛情を注いでくれるようなタイプじゃなかったからな」
「……そう……」
「――でも、オレにとっては、それは、普通の事だったから」
 そう言うと、美善さんは、微笑む。

 ――少しだけ、悲しそうに。

 私は、彼の首元に手を伸ばすと、しがみつくように抱き着いた。
「月見?」
「……やっぱり、さみしかった?」
 想像はつかないけれど――自分なら、きっと、さみしいし、悲しいと思う。
 美善さんは、少しだけ口を閉じるが、緩々と首を振った。
「――……そういう感情は、とっくに無かったな」
「……そう……」
「まあ、今となっては、仕事に対する姿勢は尊敬してる。……真似はできねぇけど」
「……しなくて良い……」
「ふてくされるな。それに――日本に帰って来てからは、そんなに関係が悪かった訳じゃねぇ」
「……え……」
「オレも成長して、それなりに状況は理解できてたし、片親で育ててもらった恩はちゃんと感じてたから」
 そう言うと、彼は、私を抱き寄せる。
「……そっか……」
「――ああ」
 私は、至近距離で彼のまあまあ端正な顔を見つめると、微笑んだ。
 
「――……会いたかったな……お母さんに……」

 そして、そう、つぶやけば、

「――ああ……会わせたかったな――……」

 美善さんは、素直にうなづく。

「こんなに可愛い嫁が来るなんて、思ってもみなかっただろうな」

 そして、彼は、そう言って、ほんの少しだけ悲しそうに微笑むと、優しくキスをくれた。



 少しの間、無言で、美善さんに抱き締められたままその温もりを感じていると、不意に私のバッグから着信音が聞こえた。
「――増沢かな……」
 チラリ、と、彼を見上げれば、うなづいて返されたので、バッグからスマホを取り出し、一時停止。

「――あれ?」

 画面には、先日でお別れしたはずの、櫛方さんの表示。

 ――まだ、何か手続きあった……?

 そんなコトを思いながら、通話にする。
「ハイ……」
「先日は、ありがとうございました。櫛方です。今、よろしかったでしょうか?」
「ハ、ハイ」


「先ほど、レオン薬品の大渕様からご連絡がありまして――……ご都合の良い時に、月見さんに、直接お会いしたいと――」


「――え」


 私は、思わず、美善さんを見上げてしまった。

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