甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 そして、到着したホテルの最上階。
 私と美善さんが、広々としたスイートルームに入ると、ソファで待っていた細身の老人は、スクリ、と、立ち上がって、やってきた。

「初めまして、だね。月見さん。レオン薬品創業者、大渕勝実(かつみ)と申します」

「つっ……津雲田、月見、です……」

 美善さんほどでは無いが、やはり、彼のお祖父(じい)さんだけあって、なかなかの長身。
 私が頭を下げると、穏やかに返された。
「ああ、そうかしこまらないでください。――今日は、来てくれて、ありがとう」
 その言葉に、体勢を直すと、おずおずと首を振った。
「……あ……あの……今日は、どういったご用件で……」
 そして、緊張しながらも尋ねると、

 ――彼は、そのまま、私に頭を下げた。


「え」


 私の後ろで、美善さんが、かすかに息をのむ。

「――え、あ、あの」

「緊急事態とはいえ――あなたに何を伝えるでもなく、勝手に資産を隠した事、申し訳なかった」

「え」

「あの混乱状態では、知らぬ間に奪われても、おかしくないと思ったんだが――もっと早く、あなたに伝えるべきだった。私も、急な事で、冷静さを欠いていたというのは、言い訳にしかならないが――……」

「い、いえ……」

「……今まで、大変な苦労をかけた事、本当に申し訳無かった」

 お祖父(じい)さんは、そう言って、スッと姿勢を戻すと、眉を下げる。
 すると、後ろから、美善さんの低く、鋭い声が聞こえた。

「――勝手言ってんじゃねぇよ」

「み、美善さん!」

 私は、慌てて彼を止めようと振り返る。
 けれど、それを遮るように、大きな手が目の前に出された。


「コイツが、どんな思いだったか、わかるか⁉突然、両親亡くして、財産も知らねぇウチに消えて――世間知らずの箱入りお嬢が、レベルの違い過ぎる生活を強いられたんだぞ⁉」


「――美善……か……」


 お祖父(じい)さんは、確かめるように、美善さんを見つめた。

「……わざとらしい真似してんな。どうせ、興信所にでも動向調査させてたんだろ」

「――……それはそうだが、お前が成人してからは、何もしていない」

「……信用できねぇな」

「それは、信じてくれとしか言い様が無い。――元気でやっているようで、何よりだが」

 彼の言葉に、美善さんは、口を閉じると視線を逸らした。
 やっぱり、お母さんのコトがあるからか、どこか、攻撃的になっているようだ。
 いつものような余裕が無い気がする。
 私は、二人の間に割って入るように口を開いた。

「……あ……あの……。……ご用件は、それだけ……ですか……?」

「え?」

 私は、美善さんの腕に抱き着く。

「つ、月見?」

 彼は、お祖父(じい)さんの手前、気まずそうに距離を取ろうとするが、私は、更に密着して叫んだ。



「なら――ちょうどいいので、ご報告します!私、美善さんと、結婚しますので!!」



「月見⁉」


「――ほう」


 ギョッとして私を離すと、美善さんは、気まずそうにお祖父(じい)さんを見やる。
「つ、月見、今、言わなくてもな……」
「だって!――反対されるかもしれないなら、せめて、先に言っておかなきゃって――」
「それは――」


「――そうか。……ご両親も、安心されるだろうね」


 そう言って、お祖父(じい)さんは、ゆったりとした笑みをうかべた。
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