甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 タクシーの中でもゴネにゴネたが、日水先輩が譲る事は無く。

「――……な、なかなか、味のあるアパートだな……」

 私は、あきらめて自分のアパートの前で、タクシーを先輩と一緒に降りた。

「……ボロいって言ってくれても、全然構わないんですけど」
「い、いや。……まあ、個人の自由だしな」
「フォローはいりません!」
 そう、やさぐれながら、二階への階段を上ろうとするが、不意に目の前が、ユラリ、と、歪んだ。
「おい、津雲田?」
 倒れそうになったのか、私を片手で軽々と抱き留め、先輩は、ゆっくりとその場に立たせる。
「――ちょっと待ってろ」
「え」
 言うが遅い、先輩はタクシーへと戻り、何かを話してすぐに戻って来た。
 それと同時に、車は発車する。
「え、あ、タクシー……」
「――今は、お前が優先だ」
「え」
 あまりに自然に言われ、私は、顔を上げる。
 すると、日水先輩は、その場にしゃがみ、視線を合わせてきた。

 ――何だか最近、この距離多くない?

 思わず現実逃避が始まってしまうが、次には、声にならない叫びを上げる。

 感じた事の無い浮遊感に固まったが、チラリと見上げれば、先輩の――まあまあ端正な顔。
「せ、先輩?」
 いわゆる、お姫様抱っこいうものに、鼓動は激しく鳴り始める。
「あ、あの?」
「アルコール回ってんだろ。平衡感覚無いんじゃないのか」
「え、あ……す、少しだけ、ですよ。久々でしたし……」
「最後はいつだ」
「――さ、最後って……会社の新年会……?」
 そう答えると、日水先輩は、はあ、と、ため息をついた。
「今日は、どのくらい飲んだ?水は?」
「な、何ですか、急に……」
「良いから、答えろ」
 問答無用に問い詰められ、私は、口を閉じる。
 矢継ぎ早の質問とともに飲まされて、水なんて飲んでないんだから。
 すると、その前に階段を上り切ったので、先輩は、質問を変えた。
「部屋はどこだ」
「――……その端っこです」
 答えるが遅い、先輩はスタスタと――まるで、私を抱きかかえている事を感じさせない大股十歩で、あっさりと部屋の前にたどり着く。
「鍵」
「い、良いです、ココで!」
「中で倒れられたら、寝覚めが悪いだろ」
「大丈夫ですってば!」

 ――絶対に、中に入れてたまるものか!

 私は、先輩の腕の中でもがくが、軽く腕に力を入れられ、あっさりと身動きを封じられる。


「――月見(・・)。言う事、聞けるか?」


 けれど、聞いた事も無いような柔らかい口調、全身に響く低音でささやかれ、優しいまなざしで見つめられると、私は、コクリ、と、機械のようにうなづいてしまった。
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