甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
LIFE.4

「――……あ、空き巣が入ったワケじゃ無ぇよな……?」


 言われるままに部屋の鍵を開けてしまった私は、玄関を一歩入ったところで固まった先輩の一言に、ヒザから崩れ落ちる。

「違いますぅ!……か、片付ける時間が……」
「……時間以前の問題だろ、コレ。……明らかに、物が部屋のキャパ超えてるぞ」
 あきれながらも冷静に告げられ、私は酔いもあってか、半泣きで叫ぶ。

「仕方ないじゃないー‼今まで、好きなだけ買っても部屋に置いておけば、誰かしらが片付けてくれてたし!」

「ああ、もう、落ち着け落ち着け」

「日水先輩だって、あきれてるじゃないですかー!どうせ、私は、一人じゃ何もできない人間なんですー!もう、人として終わってるんですー‼」

「落ち着けって!夜中に騒ぐな!」

「先輩だって、大きい声出してるー!」

「あのなぁ……」

 すると、反論しようとした先輩に被せるように、隣から、ドン、と、壁を叩く音。
 私は、その大きさに身をすくめた。
「……おい、隣は男か」
「……知らないもん……。……全部、増沢がやってくれたから……」
「――……もん、って……子供か」
 先輩は、へたり込んだ私の前に座ると、その大きな手を伸ばした。

「え」

 そして、私を、あっさりと抱き上げると、辛うじて見える床をゆっくりと進む。

「え、せ、先輩?」

「――そこのクッション以外に、座れるトコは無さそうだな」

「え・え??」

 どうにか、部屋の中央にあるテーブルの前にたどり着く。
「よっこらせ、っと」
 そんな、おじさんみたいな掛け声をしながら、先輩は私を抱えたまま、へたれたクッションにゆっくりと腰を下ろした。
 その間も、私を抱きかかえる腕は、微動だにしていない。

 ――まるで、人形を持っているよう。

 ――けれど、先輩に包み込まれる感覚は、とても安心できてしまう。

 そんな思いを無理矢理無視して、私は先輩を見上げて言った。
「……先輩、私の事、小さい子供扱いしてるでしょ」
「否定はしねぇが――」
 その返しに、ムッとして顔を上げると、優しく見つめられ、全身が硬直。

 ――ああ、もう!さっきから、一体、何が起きてるのよ!

 そんな私に、先輩は、口元を上げ、諭すように言った。
「自分を女だって認識してんなら、慣れない酒はやめておけ」
「う、うるさい!」
「黙れ。また、壁ドンされるぞ」
「意味がちっ……」
 先輩は、そう叫びかけた私の顔を、自分の広い胸に押し付ける。
「――まったく……もう、寝ろ。明日は休みだし――……」
 けれど、言葉は止まる。

 視線の先には、今日のコーディネイトを悩んだ結果、ベッドの上に広げられた服が数十着。
 見回せば、雑貨や小物、アクセサリーはテーブルの上、メイクグッズやヘアケアアイテムは床一面。
 その辺に入りきらなかったアレコレは、もう、どこに何を置いているのかも、わからない。

「……ま、増沢が昨日片付けてくれたんですけどぉ……」

「――……おい、津雲田。……今日は、泊まるぞ」

「え!!?」

 ギョッとして顔を上げれば、しかめっ面の日水先輩。
「……アホ。この状況で襲えると思うか。萎えるわ」
「なっ、なっ……」
 あまりに直接的に言われ、私の顔は熱を持つ。

 ――彼氏を探し始めてから、もう一年。
 ――未だに、成功率はゼロパーセント。

 ――……そう。私は、まごう事無き――処女なのだ。

 けれど、固まっている私をよそに、先輩は、子供をなだめるように、あっさりと続ける。

「明日、一緒に片付けてやるから、な?」

「――……ハァイ……」

 若干、あきれたように言われるが、うつらうつらしてきた私は、適当にうなづくだけ。

 ――けれど――先輩の温もりで、ゆっくりと眠りに落ちていく事ができた――。
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