甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 ――お嬢様、よくお聞きください。

 ――……旦那様と奥様の乗られた飛行機が……エンジントラブルを起こし、海上に墜落致しました。


 その日は、久々の両親との食事。
 私は、朝から浮かれながらも、百貨店で新しい服を見繕ってもらっていた。
 そんな中、増沢からの電話で、私の頭の中は完全にフリーズ。
 迎えに来てくれた彼は、店の中で呆然としていた私を抱えながら、家に帰ってくれた。


 機体は完全に破壊され、機長も、他のスタッフも――全員死亡。


 プライベート用だった飛行機だから、すべて、ウチが抱えている人間だった。


 原因は未だ不明。
 出発時には何も不具合は無かったはずだと、整備員は主張している。


 ――……パパもママも、忙しい中都合をつけて帰って来ようとしてくれたのは――私の誕生日だったから。


 誕生日プレゼントは、損傷が激しい二人の遺体が抱えていた、ウェディングドレス一式。



 ――そんなもの、この世で一番欲しくなかった。



 きっと、私のお見合い(・・・・・・)が成立するのを心待ちにしていたから、フライングで調達してきたのだろう。


 ――パパもママも、月見にさみしい思いをさせている分、いろんなお祝いは、盛大にしたいんだよね。


 子供の頃から、一人っ子の私は、二人が仕事に行く時にゴネまくっていた。
 それをなだめるのは、増沢の仕事。

 でも、入学式や卒業式、いろんな行事。――そして、誕生日。

 いつもいつも、二人にそう諭され、私は、渋々ながらもうなづくのだ。


 ――二人の表情に、私に対する申し訳無さを感じ取っていたし、その言葉は、どれを取ってもすべて本気のものだとわかっていたから――。


 いつか、結婚する時は、両親のように、私を大事にしてくれる旦那様が良いな。

 そんなコトをぼんやりと思っていたのは、小学生の頃から。
 そして、それは、年齢を重ねるごとに、形づいてきて――

 ――二人で、毎日、おはようって言い合って、朝ごはんを一緒に食べて――仕事の時は、お見送りして、帰って来たら、綺麗な花を飾ったダイニングでごちそうにして。
 休日には、一緒にいろんなところに出掛けたり、リゾートホテルに泊まって遊んだり。
 忙しそうだったら、二人で家でゆっくりと過ごすのも良いかも。
 いろんな記念日には――良いレストランでディナーにしたり。

 もちろん、行ってきますのキスは必須。

 そんな、いつまでも新婚のような――甘い日々を送りたい。

 事あるごとに、そんな話を両親にしていたからか――大学卒業後すぐに、お見合いがセッティングされたのだ。


 ――パパの仕事の関係で申し訳無いんだけど――でも、きっと、月見を大事にしてくれるって思ったから、お願いしたんだ。


 私は、お見合い写真を見るまでもなく、うなづいた。
 だって、両親が私を蔑ろにするなど、考えたコトも無かったから。

 そんな二人が勧める人なら、絶対に、私を大事にしてくれると思えたから――。


 けれど――その彼に会う前に、両親は亡くなり、お見合いも無かった事になってしまった。


 今も、ウェディングドレスは、あの時のままの状態で家に保管されているが、私がそれを見る事は絶対に無い。

 二人の、見る影も無い姿が浮かんできそうで――怖かったから――……。



「――月見っ!」

「え」

 身体を強い力で揺らされ目を開けると、日水先輩の、まあまあ端正な顔が現われ、私は息をのんで固まってしまった。

「――だ……大丈夫か」

「え」

 恐る恐る尋ねられ、キョトンと返すと、先輩は大きく息を吐いた。

「……ひどくうなされてたから……嫌な夢でも見たか?」

 私は、一瞬、目を丸くしたが、緩々と首を振った。

「……何でもありません」
「でも」
「大丈夫です」
 そう言いながら、先輩の広い胸に、身体を預けた。
 それだけで、また、ゆっくりと眠りに落ちそうな感覚。
「――おい……そろそろ降りねぇか」
 先輩は、弱り果てたような口調で言うけれど、私は、寝ぼけ半分に首を振る。
「…………ヤダ……。……抱っこしてて……」
「――……っ……」

 ――……何で、この腕の中は、安心できるんだろうな……。

「……ったく……仕方無ぇな……。――……もう少し寝てろ」
「――うん……」
 うつらうつらしてきた中、優しい低い声が耳に届く。
 まるで、子守唄のような先輩の鼓動に、私は、再び目を閉じた。
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