甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
「……先輩?」
「――まだ、一年だろ。……無理するな」
「……でも――」
 先輩の温もりに身体を預け、私は、目を閉じる。
「……ちゃんと、一人でも生きていけるようにならなきゃ……増沢だって困るし……」
「そういう時は、オレに甘えろ」
「え」
 私は顔を垂直に上げる。
 すると、先輩は、そっと私を離すとヒザをついた。
「――日水先輩?」
「大丈夫だ。――見捨てるような真似は、絶対にしねぇから」

 ――どういう意味?

 朝だからか――これまでの先輩からは、想像がつかない優しい言葉の数々に、頭がついていかない。

 私がグルグルと悩んでいる間に、先輩はあっさりと離れ、再び部屋の中を見回した。
「――まあ……まずは、この部屋を何とかしねぇとな」
「う・」
 急に現実に引き戻され、私は、身体を硬直させる。
 そして、恐る恐る、先輩を見上げた。
「……あ、あの……増沢が来てくれるので……」
「そのじいさんのためにも、一人で生きていけるようになりたいんだろうが」
「そ、そうですけど!……い、いきなりは無理というか……」
「どうせ、おっ(ぴろ)げ過ぎて、どこから手ぇつけて良いのか、わからなくなってんだろ」
 私は、図星をさされ、半泣きになる。
「そ、そうですよ!……だから、こんな有様なんじゃないですかぁー!」
「開き直るな。ひとまず、今日は、メシは外で調達だ。近くにコンビニは」
「……そ、そこの道を出て、すぐ、右に曲がって三軒目に……」
「じゃあ、オレが買って来る。お前は、見られたくねぇモンを、その辺のケースにでも突っ込んでおけ」
 あれよあれよという間に決められ、あっという間に先輩は朝食を調達に出て行った。
 残された私は、呆然とその大きな背中を見送る。

 ――……一体、どういう展開、これ??

 昨日から、先輩が――甘い。

 いつもの仕事の時とは、全然違う――想像もつかない程、優しくて。

 跳ね上がった心臓は、いつも以上に早い鼓動を刻んでいく。
 慌てて両手を頬に当てれば、持った熱は体温よりも熱い。


「――……ヤダ。……ウソでしょぉー……?」


 まさか。

 ――あの、鬼上司と言っていいほどの、先輩を――……?



 ――……好きになっちゃったとか、言う……??

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