甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
「……おい、津雲田……お前、返事したよな?」

 三十分ほどしてコンビニから戻って来た先輩は、部屋に入って開口一番、あきれたように私に言った。

「……ハァイ……」

 私は、辛うじて見えた床に座ったまま、その場でうなだれる。

 ――だって、仕方ないじゃない!
 ――まさか、先輩を好きになるとか、思わないでしょ!

 心の中で叫んではみるものの、口に出せるはずも無く。
 私は、チラリと、玄関で靴を脱いでいる先輩を見上げた。
 すると、視線に気づいたのか、ジロリ、と、返されるが、今の私には、それすらも、胸に突き刺さるのだ。
 先輩は、そんな上の空の私を見ると、苦々しく続ける。

「……とにかく――お前は、まず、自分の状況を自覚しなきゃならないな……」

「わ、わかってますってば!」

「わかってたら、この有様にはならねぇだろ!」

 さすがの先輩も、額に血管が浮き出てきている――が、怒りを抑え込むように、大きく息を吐いた。
 そして、雑貨類で山になった折り畳みテーブルを見やると、無言でそこからすべてのモノを床に下ろす。
 おかげで――再び、足の踏み場も無い状況。
「……せ、先輩?」
 私は、恐る恐る、先輩を見やる。

 無言、無表情――あきれられた……?

 そう思うと、胸が痛む。
 こんなに気にかけてくれているのに――私は、何をしているんだろう……。

 すると、先輩は、テーブルを、買ってきたウェットティッシュで拭き上げる。
 そして、コンビニ袋の中から、大量のサンドウィッチとおにぎり、野菜ジュースとお茶のペットボトルをそれぞれ二本ずつ取り出した。

「津雲田、選べ」

「え」

「朝飯食わなきゃ、力出ねぇだろうが」

「え、あ、ハイ……」

 あまりにあっさりと言われ、私は、素直に、ハムたまごサンドを一つ手に取った。
「……後は」
「いえ、あの、大丈夫、です……」
 至近距離でのぞき込まれ、一瞬で硬直。
 ――ああ、顔、赤くないかしら。
「……それで足りんのかよ」
「足りますよ。……先輩じゃあるまいし」
「言ったな」
 私は、視線を逸らしながら、置いてあったウェットティッシュで手を拭く。
 そして、サンドウィッチのフィルムを取ろうとするが、それより先に、身体が宙に浮いた。

「――……きゃあっ……!!?」

「座っておけ」

「え」

 ストン、と、先輩は、自分のヒザの上に私を下ろした。
 昨夜のように、抱き込まれるような体勢に、身体中の血が沸騰しそうだ。
「せ、先輩っ‼」
「イス代わりだ」
「で、でも」
「それより――軽いと思ったら、いっつもそんな量しか食わねぇのかよ」
「え」
 上からのぞき込まれ、思わず顔を上げてしまう。
 その距離の近さに、完全に固まった。
「おい……津雲田?」
 あと少しでキスができそうなほどの距離。――それを、無意識でやっている先輩に、無性に腹が立ってしまった。

 ――ああ、もう……人の気も知らないで!

 私は、そう心の中でぼやきながら、ヒザの上から下りると、座ったまま後ずさる。

「おい、コラ、何か踏んでるぞ」

 すると、先輩が、私の腕を引き、足元に手を伸ばした。
 そして手に取ったのは――片付けろ、と、言われて出したは良いが、放置したままの――ブラ。


「――……っ……ぎっ……!!!」


 瞬間、全力で叫びそうな私を、先輩は勢いよく自分へと抱き寄せ、その広い胸に押し付けた。

「コラ。だから、また壁ドンされるぞ」

「――うぅ――っ……!!!」

 恥ずかしさに悶えるが、あまりに強く押さえつけられ、酸欠寸前。
 ギブアップ、と、ばかりに、先輩の背中を叩くと、我に返ったように離された。

「……わ、悪い」

「さ、酸欠で死ぬかと思ったっ……!」

 顔をしかめて抗議すると、先輩は、一拍おいて、ククッ、と、喉で笑った。

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