甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 バタバタと駆け足で先輩を追いかけ、エレベーターの手前でようやく追いついた。

「せ、先輩……良かったんですかぁ?」

 私が、息切れしながらも尋ねると、先輩はしかめ面で返してくる。

「何でだよ。今日は、お前の部屋の片づけっつっただろ」

「でも、池之島さん達……」

「そもそも、オレに、女の服の良し悪しがわかると思うか」

「確かに」

 あっさりとうなづくと、先輩は、苦笑いだ。

「だろ。明らかな人選ミスは、時間の無駄だ」
「でも……」

 池之島さんは、きっと、そんな事で先輩に声をかけたのでない事は、嫌でもわかるだろう。

 ――なのに、何で――……。

「ホレ、バスに間に合わなくなるぞ――月見」
「ハァイ」
 私は、うなづきかけ――固まった。

 ――あれ?

「せ、先輩……名前呼び……もう、池之島さん達、いないのに……」
「――……っ……」
 同じように固まった先輩は、どこか、開き直ったように言った。
「さ、ささいな事で、突っ込まれたら面倒だろ。慣れておけ」
「ハ、ハイ……」
 コクコクとうなづくと、数メートル先の停車場に、バスが一台やって来た。
「い、急げよ。アレだろ」
「ハ、ハイ、先輩」
 すると、先輩は、眉を寄せて私を見下ろす。

「――先輩?」

「――突っ込まれたら面倒だって言っただろ。名前で呼べ、名前で」

「え?」

 キョトンと返すと、先輩は、苦々しい表情で私に言った。

「……さては、お前……オレのフルネーム、覚えてねぇだろ……」

「え?そんなワケ……」

 そう言いかけ、一時停止。

 ――あれ?
 ――……今まで、聞いた事あったっけ?


「――美善(みよし)


「……へ??」


 私は、まじまじと先輩を見つめる。
 ――また、耳と首筋が赤い――というか、ここからでも、真っ赤なのが見て取れた。


日水(ひみず)美善(みよし)。――覚えておけ」


「ハ……イ……。……み、美、善――さん……」


 たどたどしくそう返すと、先輩は、持っていた袋を一瞬で落とした。

「せ、先輩⁉」

 身をかがめて拾おうとする先輩を、私は、しゃがみ込んでのぞき込む。
 すると――。


「――……不意をつくな、このバカ」


 耳どころか、顔中真っ赤にして、先輩は私を睨みつけたのだった。
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