甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
LIFE.8
 先輩が去り、一人になった部屋を見回し、私は、ほう、と、ため息をついた。

 ――明日も、先輩は、来てくれる。

 それだけで、胸が弾んでしまう。
 私は、部屋の隅に置いてあるケースの山を見やった。
 そしたら、一緒にコレを片づけて、次は、キッチンの方を――そう思ったら、お腹の音が、グウ、と鳴り響き、急に現実に引き戻される。

 ――ああっ!夕飯、考えてなかった‼

 いくら、キッチングッズを買い揃えたとしても、そもそも、使い方がわからない。
 更に言えば――食材というものなど、何も無いのだ。
 あるのは、増沢が作ってくれたおかず類が冷凍されているだけ。
 それだって、無限にある訳ではないし、次にいつ来るかがわからないから、無駄にはできない。
 私は、ジッと冷蔵庫を見つめ考えた。

 ……先輩、明日も来るって言ってたけど……少なくとも、朝ではないはず。

 ひとまず、今日の夕飯と、明日の朝食。
 それだけでも調達しないと……。

 いつもいつも、コンビニに行くのも気が引けるけれど、生きていくためには、仕方ない。

 ――……それに、明日は、先輩と一緒に料理ができるかもしれないし。

 ……あの大きな身体で、エプロンなんてしないと思うけれど……それでも、何だか浮かれてしまう。

 ――そんな姿が見られるのは……私だけだと、良いな……。

 池之島さんになんて、見せたくない。

 あんな――人の悪口を言っておいて、平然としていられるような人間なんて、先輩に相応しくない。
 ――それ以前に、先輩が相手にするとは思えない。

 こんな風にしてもらえるのは、私だけ。
 そう思うと、どこかで優越感が芽生える。

 ――ざまあみろ。

 そんな言葉がよぎった瞬間、私は、かぶりを振った。

 ――……嫌だ……。
 ――……こんなの――あの人達みたいだ。

 私は、お葬式で見た、醜いやり取りを思い出してしまい、キツく目を閉じた。


 ――月見ちゃんを引き取るのは、ウチだから!

 ――何言ってんだ!広貞(ひろさだ)は婿養子だろ!穂波(ほなみ)の血縁者であるウチが引き取るんだ!

 ――あなた達の会社が傾きかけてるのは、知ってるのよ!私達は、純粋に月見ちゃんを心配して――。

 ――ウソつけ!広貞のはとこ(・・・)なんて、ウチより縁遠いじゃないか!

 ――それより、二人が持ってた株は、どうなるんだ!事故だから、遺書なんて無いだろ。そしたら――。


 いくら耳を塞いでも、漏れ聞こえる会話。

 お葬式が終わり、セレモニーホールのロビーに出れば、会ったコトも無い親戚が、遺産と会社目当てに、我先にわらわらと現われた。
 そんな中、放心状態が続いている私を、増沢が避難させてくれたのだ。


 ――お嬢様、もう、増沢に任せてお戻りください。近くにホテルを取っております。

 ――今は、何も考えなくても良いのですよ。


 気がつけば、ポタポタと水滴が落ちていく。
 それに気づくと、ゴシゴシと目をこすった。

 ――……もう、終わったコト。

 後の事は、きっと、増沢に任せておけば大丈夫。

 私は、大きく深呼吸をして、高ぶった感情を吐き出す。


 あんな風な醜い感情は、持ちたくない。
 そんな人間、先輩が好きになってくれるはずが無いもの。


 ――そう思っても、胸の中のモヤモヤしたものは、どうにも消えてくれなかった……。
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