甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 遠くで、チャイムの音が聞こえ、ボンヤリと目を開けた。
 すると、間を置かずに、二回目のチャイム。
 私は、覚醒しきらない頭で緩々と起き上がると、手元で埋まっていたスマホを見やり――真っ青になった。

「――っ……じっ……十時半っ……!!?」

 慌ててベッドから下りると、そのまま玄関にダッシュ。
 そして、勢いよくドアを開けた。

「おう、月見、昨日は――……」

 目の前にいた先輩は、そう、挨拶をしかけ、固まった。
「み、美善さん?」
「……お前……今、起きたのか……」
「え――あ・」
 私は、先輩の視線を追い、同じように固まってしまう。

 ――ああっ!パジャマのままだった!!!

 すると、先輩は、持っていた袋を置き、背を向ける。

 ――ウソ、あきれて、帰っちゃう⁉

 そう思うと同時に、私は、とっさに、手を伸ばす。

「――月見?」

「ヤ、ヤダ!帰らないで――美善さん」

 そう半泣きになって訴えると、先輩は、苦々しく頭をかく。
 そして、私をあやすように抱き寄せた。
「――バカ。誰が帰るって言ったよ」
「でも……寝坊しちゃったから……あきれたんじゃ……」
「――支度する時間が要るだろ。その間に、近間のスーパーで、食材でも調達して来ようかと思っただけだ」
「……ホントに……?」
「ああ」
 先輩はうなづくと、私の背中を、トントン、と、叩く。
「約束は守る」
「――ハイ」
 そう言って、先輩は、ゆっくりと離れ、私の髪を優しく撫でる。
 そして、のぞき込んで、優しく笑った。
「でも、寝坊するくらい、ゆっくり寝られたんだ。良かったじゃねぇの」
「――……うん」
 悪い夢など、見る間も無く――意識は沈んでいったのだ。
「じゃあ、すぐ戻って来るからな」
「――うん。行ってらっしゃい」
 そう言って送り出そうとすると、先輩は、複雑な表情を見せた。
「――バカ」
「何がですか?」
 キョトンと返せば、ため息で返される。
「――美善さん?」
 すると、先輩は、私の髪をそっと耳にかけ、顔を近づけてきた。
 そして、耳元で低く囁く。

「――行ってきますのキスは、必要か、月見?」

「……っ……!!?」

 ――そんなの、新婚みたいじゃない!

 私は、瞬間、真っ赤に茹る。
 それを見やり、先輩は楽しそうに笑い、身体を起こした。
「美善さん!」
「騒ぐな。また、壁ドンされるぞ」
「されないもん!昨日、会って、ちゃんと謝ったから」
「謝ったのは、オレだろうが」
「昨日、夜、コンビニ行ったら、会ったの!店員さんだった!」

「――は?」

 一瞬で、先輩が纏う空気が冷えた気がして、私は、思わず口を閉じた。

「……ンだよ、そりゃ……」

「――……ぐ、偶然だったんです!」

「そうじゃねぇ!夜に一人で出歩いたのか、って――」

「だ、だって、ご飯買ってなかったから……」

 何で責められているのかもわからないけれど、私は、事情を説明しようとする。
 けれど、視線を逸らされ、言葉が止まった。

「――ああ、もう、良い。――行ってくる」

「――……ハイ……」

 まるで、仕事で失敗をしたように怒られ、浮かれていた心は、一気に沈んでしまった。
 私は、にじんできた涙を、指で拭う。

 ――……何で怒られたの……?

 今まで、先輩に怒られた時は、それだけの理由があるのだと、ちゃんと理解できたのに。

 ――……なのに――……。

 唇を噛みしめても、涙は止まらない。

「――……っ……」

 何とか、先輩が戻ってくるまでに、止めないと。
 そうは思っても、自分の意思とは別物のようだ。

 結局――先輩が帰ってくるまで、私は、その場でうつむいて泣き続けてしまっていた――……。

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