甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
LIFE.9
 三十分ほどして戻って来た先輩は、玄関の鍵がかかっていないコトに文句を言いながら入ってきたが、私が号泣しているのを見て、完全に固まった。
 まあ、さすがに、玄関先で泣かれていたら、普通は対応に困るだろう。
 けれど、先輩は戸惑いながらも、私の頭を優しく撫でる。
「……すみません」
「――……何かあったのか」
 その問いかけには、無言で返す。

 ――だって、こんな、親に怒られた子供のような状況――理由が、先輩が怒ったから、だなんて……さすがに、言えるはずも無い。

「オレが出た後、誰か来たのか?」
「――え?」
「……その……何か言われたとか……」
 口ごもりながら尋ねられるが、首を振って返す。
「……そう、いうんじゃ……ない、です……」
 何だか、あれだけ近くに感じていた先輩が、急に遠くなった気がして、私は、仕事の時のような口調に戻ってしまう。
「――……じゃあ……アレか。事故の時の事でも、思い出したのか」
 気まずそうに言われるが、それにも首を振る。
 そんな私を見やり、完全に手詰まりになったのか、先輩は、持っていた袋を置くと、その場にしゃがみ込んだ。
 そして、そっと、頬の涙を拭ってくれる。
「……オレが、何かしたか?」
 私は、眉を下げた先輩をチラリと見やると、緩々と首を振った。

 ――先輩が悪い訳じゃない。

 ――……私が――気に障るコトをしただけなんだろう。

 そうは思うけれど、言葉は、喉に引っかかって出てきてくれない。

 どれだけ時間が経ったのか――徐々に涙は引いていき、私は、グスグスと鼻を鳴らす。
「――……すみません」
「……気分が悪いなら、今日は帰るな」
「えっ……」
 その言葉に、反射で顔を上げれば、心配そうに私を見つめている先輩が視界に入った。
「……でも……」
「――まあ、片付けなんざ、来週でもできるし――お前の体調の方が優先だろ」
 そんな風に言われ、罪悪感に包まれる。

 ――……こんな風に、心配してもらっているのに……。

 私は、唇を噛むと、立ち上がった先輩の左手にそっと触れた。

「――月見?」

「……あ、あの……私……」

「――ん?」

 自分の気持ちを口にするなんて、今までは全然平気だったのに。

 ――……何で――先輩を目の前にしたら、緊張してしまうんだろ……。

 すると、先輩は、私の前にヒザをつき、手を伸ばす。
 そして、自分の肩口へと引き寄せた。
「先輩……?」
「――……ゆっくりで良い。ちゃんと聞くから」
「……ハイ……」
 穏やかな声音に、緊張がほぐれ、私は素直にうなづく。

「……お、怒らないでくださいよ……?」

 そう、保険をかけると、ポツポツと、自分の気持ちを吐き出した。
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