甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
「――……別に……そんなつもりは、無かったんだけどな……」

 玄関先で、二人、向かい合って座り込む。
 事情を話し終えた私は、先輩を恐る恐る見上げる。
 すると、そう言って、困ったように微笑まれた。
「でも……先輩、すごく、不機嫌そうだったし……」
「――まあ、腹が立ったのは事実だがな」
「ホラァ!」
 再び泣きわめく態勢に入った私を、先輩はあやすように抱き寄せる。
 座っていると、いつもの腹筋では無くて、胸の中だ。

「怒るな、バカ。――……ただ、心配だっただけだ」

「……え……」

「まず、簡単に夜に出歩くな。――……それと、いくら、隣同士とはいえ、あっさり個人情報教え合うな」

「え、でも、広神さんには、苗字しか言ってないです!」

「それでも!」

 私は、頬を膨らませ、先輩を睨む。

「横暴!」

「執事のじいさんだって、同じコト言うんじゃねぇのか」

「――それは……」

 そう言われ、思わず黙り込んでしまった。

 ――確かに……増沢には、夜遅くならないように念を押されている。

「で、でも……そんなに、遅かった訳じゃ……それに、もう、お腹空いてたから……コンビニ、近かったし……」
 ゴニョゴニョと、子供のように言い訳をしてしまったが、先輩は、しかめっ面を崩さない。
「だから、自炊できるようになれって言われてるだろうが」
「ま、まだ、できないですー!」
「――……だから、オレが教える、って」
「じゃあ、昨日も泊まっていってくれたら、良かったのに」
「――……っ……!!」
 瞬間、ガチリ、と、身体が硬くなった先輩を見上げ、私は、目を丸くする。

「……見るな」

 そう言った先輩は、その、真っ赤になった顔を背けた。
「……先輩も、やっぱり、照れるんですねぇ……」
「しみじみ言うな」

 ――……でも……。

「可愛いから、拗ねないでくださーい」

 私は、からかうように先輩をのぞき込むが、瞬間、グイ、と、顔を片手で上げられた。

「――え」

「可愛いのは、お前の方だろ――月見」

「――……っ……!!!?」

 至近距離で囁かれ、完全に硬直。

 ――そして――近づいてきた先輩の、まあまあ端正な顔を、呆然と見つめた。


 ――え?
 ――……え??

 ――……ちょっと……このままじゃ、キス、しちゃう……??


 けれど、先輩は、至近距離で苦笑いを浮かべる。

「――固まるな、バカ」

「だ、だ、だってっ……!」

「お前が可愛いって言ってるのは、こういう事ができる、(だい)の男だぞ?」

「――……っ……バ、バカ‼」

 私は、先輩の腕の中で抗議するようにもがくが、ビクともしない。


「――……ったく……この箱入りお嬢、いつになったら、自覚してくれんだよ……」


 そんな中、ポツリと、耳に届いた言葉の意味は――よく、わからなかった。
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