甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 何だかんだ騒々しいまま、先輩と二人、お昼ご飯を作る。
 結局、約三十分の間に、私ができたのは、材料のキャベツを切る事だけだった。

 ――しかも、”千切り”にしたはずが切れておらず、逆に芸術的な仕上がりになってしまったという有様。

 先輩の見本の通りにやったつもりだったのに……。

「何しおれてんだ。最初なんて、そんなモンだ」

 けれど、あっさりとそう言って、先輩は、テーブルに二人分のご飯を持って行く。
 私が、こういう状況に陥るコトを予想してか、他のおかずは、お惣菜を買って来たらしく、レンジで温めていた。
 用意されたお昼ご飯は、お惣菜の鶏のから揚げと、私が切ったキャベツ。
 お米とお味噌汁は、レトルトだ。
「しっかし……使ってもいねぇ電化製品のスペックが高すぎるな……」
「え?」
「レンジでから揚げ温めたのに、ベチャつかないのは、相当良いヤツだぞ」
「――……全部、増沢が選んでくれましたー」
 私は、ふくれっ面を見せながら、いただきます、と、箸を手に取る。
「むくれるな――可愛いだけだ」
「――……っ……!!?」
 思わぬ言葉に、ギョッとして先輩を見やると、一瞬だけ気まずそうに視線を逸らすが、すぐに私を見つめる。
「……何で、そういうコト言えるんですかぁー……」
「付き合ってるからだろ」
「え」
「会社で突っ込まれた時、お互いぎこちなかったら、あっさりバレるだろうが」
「――あ」

 ――……そうか……。

 ――……この距離が心地良過ぎて――すっかり忘れてた。

 先輩が、こうやってくれているのは――甘い言葉を口にしてくれるのは……偽装の恋人がバレると、私が面倒なコトになってしまうからだった。
 そう自覚した途端、胸が痛くなる。

 ――……そう、だよね……。

 ――……じゃなきゃ……こんな風に付き合ってくれる訳、無かったよね……。

「……月見?」

 手を止めた私を、先輩はのぞき込む。
 けれど、にじんできた涙を見せたくなくて、視線を避けるように、うつむいた。
「おい、また、どうしたよ」
「……何でもないです」
「何でもなくないだろ」
「何でもないっ!」
 思わず荒らげた声にも怯むこと無く、先輩は、箸を置き、私の顔を大きな両手で包み込んで上げさせた。

「――泣くなって」

「泣いてないー!」

 ほぼ固定された顔を、無理矢理左右に振ろうとするけれど、ビクともしない。
 なら、せめて、離してもらおうと先輩を見上げると――思った以上に、距離が近くて、固まってしまった。

「……先輩……?」

「何で戻った。名前で呼べって言っただろ」

「……だって……」

「ホラ、月見」

 そう言って、優しく頬に伝う涙を拭ってくれる。
 その温もりを離したくなくて、私は、うなづく。

「……み、美善さん……」

「おう」

 笑顔で返される。それだけ。

 ――なのに――胸が詰まって、苦しくて――止まっていた涙は、再び流れてしまう。


「――月見?」

 

 ――大好きです、先輩。



 そう言いたくても――言葉は、やっぱり、何かに引っかかったように、出てきてくれない。

 伝えられない想いは、もう、あふれ出てきているのに――形になってはくれないのだ。




 ――これが、好きだという事なら――……


 ――……私が、今まで夢見ていたのは、一体、何だったんだろう……。

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