甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 彼女たちは、言葉を失った私を見やると、気まずそうに視線を交わす。
「ゴ、ゴメンね?知らなかったんだ?」
「……あ、あの……」
「でも、気にしないで良いからね。以前(まえ)、アイツに、お見合いの話が来たって、同期の間で大騒ぎだったのよ。ホラ、アイツ、昔からあんなだったからさ」
 そして、お互いに事情を確認し合うように、言い合った。
「そうそう。それで――確か、その時の彼女の写真見せてもらったヤツが、そんな事言ってたよね」
「うん。ああ、でも、見せてもらったっていうより、日水くんが粘り負けしたんだっけ」

 けれど――そんな会話は、耳を通り過ぎていくだけだ。

 私は、徐々に、全身の血の気が失せていくのを感じる。

 ――もし……今も、その女性(ひと)と、付き合っているのなら――私は……。

 呆然としている私に気づき、彼女たちは、慌てて続けた。
「い、いや、でもね!確か、会う前に話が無くなったって言ってたし――実際、成立してなかったんじゃないの」
「――……そ、う、ですか……」
 私は、背中を嫌な汗が伝うのを感じながらも、彼女達に頭を下げる。
「す、すみません。――もう、午後が始まる、ので……失礼、します……」
 それだけ言うと、震える足をどうにか動かしながら、ロッカールームを出た。
 そして、大きく息を吐く。

 ――……先輩……お見合いするはずだったんだ……。

 事情はわからないが――もし、成立していたら、私と付き合うフリなど、するはずも無い。
 そういうところは、誠実だと思えるから。

 ――けれど――……先輩に女性の影があるのだと思うと、胸がざわついて仕方なかった。



  その後、無理矢理、先輩のお見合いの話を頭の隅っこに追いやると、私は、パソコンを睨みつけながら仕事を始める。

 ――とにかく――今は、先輩に、あきれられないようにしなきゃ。

 プライベートで相当迷惑をかけているのだから、せめて、仕事くらいは。

 以前の私なら、きっと、ふてくされて適当にしていた仕事。
 けれど――先輩を好きだと自覚したら、きちんとこなして、胸を張りたいと思えるようになった。

「津雲田さん、ちょっと、こっち手伝ってくれない?」

 すると、池之島さんからそう言われ、私は彼女に視線を向ける。
「え、っと……」
「コレ、今日中って日水主任に頼まれたんだけど、あたし、殿岡さんのチームの仕事を手伝わないとなのよ」
 そう言いながら、次々と、書類の束を私に預ける。
「――……あ、あの……」
 でも――それは、先輩に確認しないとなんじゃ……。
「お願いできるわよね?」
「――……う、うん……」
 そう言いたかったけれど、彼女の視線の鋭さに怯んでしまい、結局、うなづいてしまった。
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