甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 全身を包む温もりに、頭は完全に沸騰する。
 私は、アワアワと、先輩を見上げようとするが、腕に力を込められて動けなかった。

「え、あの、先輩??」

「――ったく……世間知らずも程ほどにしておけよ」

「……は??」

 どうにか、顔だけを先輩に向けると、そっと離される。
 それを、少しだけさみしく思うけれど――今は、我慢しよう。
 まずは、何で、この状況なのか。
 疑問は、顔をしかめた先輩に説明された。

「――……あのなぁ……お前、嫌がらせって気づいてねぇのかよ」

「……ハイ?」

 ――……嫌がらせ……って、何?

 キョトンと返せば、大きくため息をつかれた。

「……そうだな。……お前は、良くも悪くも、世間知らずだったな」

 あきれたように言われ、私は、ムスリ、と、返す。
「……自分でもそう思いますけど、先輩に言われると、何か腹が立ちます」
「自覚があるなら、気をつけろ」
「だから――何がですかってば!」

 言い合いながら、お互いに睨み合う。
 けれど、先輩は、ドカリ、と、丸イスに座り、大きく息を吐く。
 そして、私をチラリと見やり、苦々しく言い捨てた。

「……オレは、池之島に書類整理なんて、頼んだ覚えは無い。そもそも――あんな量、どこから出てきた」

「……え」

「大体、オレなら一人だけに頼まない。アレは、最低でも二人で組ませる量だ。ミス防止のためにもな」

 私は、そこで、ようやく池之島さんに騙されたのだと認識した。

 ――きっと……私のコトが気に入らないから……。

 そう思うと、無意識にうつむき唇を噛んでしまう。
 すると、視界に先輩の大きな手が入ってきたので、顔を上げると、そっと頬を撫でられる。

「……まったく……素直すぎるのも、問題だな」

 そして、頬から頭に手を移動させ、ゆっくりと髪を撫でた。

「……お前は、悪くねぇ」

「でも」

 ――池之島さんが、そんなコトをした理由なんて――ひとつしか、思い浮かばない。

 私は、目の前の先輩をジッと見つめる。

「――どうした」

 その問いかけには、首を振るだけだ。

 彼女は、先輩が、好きなんですよ――なんて、言える訳が無い。

 ――それだけは――言いたくなかった。

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