甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 結局、先輩の押しに負けた私は、恐る恐る渡されたTシャツを着る――が。

「……うわぁ……」

 ――微かに先輩の香りがする。

 下着の上から直接着ているので、何だか、先輩に抱き締められているようで、私は、その場で無言の叫びを上げ、グルグルと回ってしまった。

 ――うわ、うわ!コレ、破壊力、ヤバくない⁉

 彼の服を着る、なんて――何だか、ちょっと、特別感が増量している気がするけれど……。

 すると、部屋のドアがノックされる。

「ハァイ」

「――どうだ、丈は……」

 そう言いながら入ってきた先輩は、その場で止まった。
「先輩?」
「――……あ、ああ、いや……やっぱり、マズいな」
「え?」
 キョトンと返すと、先輩は、頭をかきながら視線を逸らす。
「――……オレの服だから、お前にはデカいだろうと思ってな。……予想通り、ぶかぶかじゃねぇか」
「え、でも」
「風邪ひくと悪ぃし、ちょっと、コンビニに買いに行って来るわ」
「だ、大丈夫ですっ!」
「けどよ」
 私は慌てて、踵を返す先輩の手を掴むと、顔を上げる。
「コ、コレが、良い――」
「――……っ……」
 どうにか引き留められたかと安心すると、グイ、と、掴んだ手を引き寄せられた。
 そして、先輩は、身をかがめ、私をのぞき込んでくる。
「――バカ。……無自覚もいい加減にしとけ」
「で、でもー……」
「でも、じゃねぇよ」

「だって……み、美善さん、の服が良いんだもん……」

 私は、恥ずかしいのを堪えながら、子供のおねだりのように訴える。
 すると、先輩は、ハアアア、と、大きく息を吐いて顔を伏せた。
「……せ、先輩?」
「お前なあ……」
「え?」
 そして、ジロリ、と、私を見やる。
 その視線の強さに――思わず、息をのんだ。

 ――……何だか……雰囲気が……。

 固まっている私を、先輩は抱き寄せ、耳元で囁く。

「――いい加減にしろ、って言ってんだ。襲うぞ?」

「……っ……‼」

 そして、目を剝く私の首筋に吸い付く。

「――……いっ……!!?」

 強い痛みを感じ、全身が跳ね上がった。

 ――何⁉何してんの、先輩!!?

 そして、耳の中から脳内に直接届くように――その、低い声で先輩は言った。


「お前は、男ッつーモンを、少しは学べよな」


「――ひゃああっ……!!?」


 ――ダメ、コレ。
 ――身体の力が抜けちゃう!

 かくん、と、ヒザから崩れ落ちそうな私を抱き留めると、先輩は、そのまま抱え上げ、ベッドに横たえる。

 ――あ。
 ――……え?え??

 ――……も、もしかして……エ、エッチする??

 あまりの展開に、頭がフリーズしかけてしまうが、不意に、頭を撫でられ、目を丸くした。

「せ、先輩……?」

「――ケガ人襲うほど、飢えてねぇよ」

「え」

 そう言いながら、布団を私にかけると、子供をあやすように、トントン、と、その上から軽く叩いた。

「――……もう、寝ろ。早目に起こすから、すぐに部屋に帰って、着替えるんだぞ」

「……え、あ、ハ……イ……」

「後、具合がおかしいようなら、すぐに起こせ。遠慮はいらねぇからな」

 先輩は、部屋の電気を消すと、そのまま隣のリビングに戻って行った。
 私は、それを呆然と見送り――我に返って、ベッドの中で悶えまくる。


 ――うわ、うわああ―――――!!!


 先輩が……男の人、だった……。


 あんな先輩は、初めて見る。
 ――そして――私が、ちゃんと、女として見られていたのが、どこか、うれしかった。
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