甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
LIFE.13
 それから、すぐに着替えを終えてバッグを持った私は、玄関で深々と頭を下げ、部屋を後にした。
 先輩は、何か言いたげだったけれど――今は、聞きたくはなかった。

「――そう言えば……ココ、どこだっけ……」

 マンションから出ると、私は、顔を上げ、周囲を見回す。
 よく考えたら、先輩に連れられてきたから、場所なんて覚えていない。
 戸惑いながら階段を下りると、

「津雲田さん、でしょうか?」

 そう、声が聞こえ、そちらを見やれば、タクシーが停まっていて、運転手のおじさんが出て来ていた。

「――え、あ、ハイ」

「日水様から承っております。ご住所は、お聞きしておりますので」

「……え」

 私は、チラリとマンションを振り返る。
 ――先輩、いつの間に……。
 おそらく、私が帰れないと思って、先に手配していたのだろう。

「す、すみません……お願いします……」

 ――今、意地になったら、絶対に帰れない。

 私は、素直に厚意に甘えるコトにした。


 そのままタクシーでアパートまで到着し、料金を払おうとするけれど、先輩が先に済ませていたようで、私は、気まずいまま車を降りた。

 ――……どうしよう……。
 ――この後、会社でまた顔を合わせなきゃなのに……。

 改めて、自分の軽率さを後悔しながら、アパートの階段の手前まで向かう。
 けれど、朝食になりそうなものが何も無いのに気がつき、踵を返した。

 ――とにかく……もう、何も無かったコトにはできない。

 ――……なら……せめて、部下でいたいけれど……。

 私は、徐々に足が止まっていく。

「――……さすがに、ムリ、だよね……」

 そして、バッテリーが無くなったロボットのように、ピタリ、と、その場で停止。
 浮かんできた涙を無理矢理こすると、唇を噛む。

 ――増沢は、良い顔しないだろうけれど……


 ……会社、辞めよう……。


 私は、そう決意し、再び歩き出す。
 すぐに、いつものコンビニに到着し、店内に入ると、まだ、そんなに混んではいなかった。
 ――ああ、そっか。
 まだ、早朝だ。ピーク前か。
 そんなコトを思いながら、朝食を探し始めると、不意に気配を感じて顔を上げる。

「……あ」

「いらっしゃい」

 パンコーナーで悩んでいた私の隣に、コンビニの制服を着た男性が立っていた。

「――えっと……」

 私は、チラリと、彼の名札を見やる。

 ――そうだ。

「お、おはようございます。……ひ、広神、さん……」
「おはよう――朝飯?」
「あ、ハイ。……でも、まだ、何も決まってなくて」
「ふぅん。でも、オレのシフト時間に来るって、無かったよな」
「き、今日は、たまたま――……」
 すると、広神さんは、私をのぞき込んで口元を上げる。

「あ、朝帰りか?」

「――……っ……」

 あからさまな言い方に、思わず言葉を失ってしまう。
 そんな私を見やると、彼は、肩をすくめる。
「悪いね。別に、からかうとか、責めてるつもりじゃないから」
「い、いえ。――大丈夫……です……」

 ――やっぱり、先輩以外の男の人と話すのは、緊張してしまう。

 ガチガチになった私は、頭を下げると、再びパンを選ぼうと視線を向けた。
 彼は、ちょうど、他の客に呼ばれたので、そのまま立ち去っていく。
 私は、少しだけ息を吐くと、見るともなしに、美味しそうな菓子パンの並びを見ているだけだった。
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