甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
「ハイ、二十円のお返しです。――ありがとうございました」

「あ、ハ、ハイ。どうも……ありがとう……ございます……」

 ぎこちなく会計を終えると、私は、広神さんに頭を下げる。
 店内は、徐々に人の気配が増えてきたが、彼は、構うことなく笑い出す。
「やっぱり、面白いな、アンタ」
「え」
「いや、悪い意味じゃなくて――」
 広神さんは、そう言いながら、チラリと周囲に視線を向ける。
 そして、まるで、内緒話をするように、カウンターから身を乗り出してくる。

「何か、興味が湧いてきた」

「……はあ……」

 抑えた声でそう言われ、私は、キョトンとしながらも、ひとまず、うなづいてみせる。
 すると、彼は、笑いをこらえながら、片手を上げた。
「ああ、うん。――まあ、追々、わかるだろうけど」
 そして、それだけ言うと、商品を持って来たお客さんに視線を向けたので、私は、軽く頭を下げてコンビニを後にした。
 聞き慣れた音楽に見送られ、トボトボと、アパートに帰る。
 そして、部屋に入ると、そのままベッドに突っ伏した。
 頭の中は、先輩の表情が浮かんでは消えていく。
 それが、エンドレスで繰り返されて――。

 ――……何で、口滑らせちゃったんだろう……。

 あんな事言わなきゃ、もう少し、幸せな時間を過ごせたのに。

 ――でも――……あんな風に誤解されるのも、耐えられなかった。

 遅かれ早かれ、私は、自分の気持ちを抑えられなかっただろう。


 ――……そんな風に、人を好きになるなんて――思ってもみなかった。



 それから、モソモソと支度をし、再びトボトボと会社へ向かう。
 バスの中でも、歩いていても――やっぱり、今朝の事が頭を回る。

 ――……ホントに……気まず過ぎて、顔合わせたくない……。

 けれど、お給料をもらわなきゃ生活できないし、退職するにしても、ちゃんと次のめどがつかなきゃ、今の部屋すら住めなくなってしまう。
 私は、すれ違う社員に頭を軽く下げながら、総務部の部屋に到着すると、恐る恐るドアから顔を出す。
 ――果たして、先輩は来ているのだろうか。
 そう思いながらキョロキョロと見回すが、先輩の机が見えるだけ。
 まだ来ていないのかと、少しだけホッとしながら、中に入ると、チラチラと視線を向けられた。
 ――まあ、今に始まったコトじゃないし。
 そう思っていたら、部屋の隅にある小会議室からちょうど、池之島さんと先輩が現われる。

「――……っ……」

 思わず息をのんでしまったけれど、何だか、様子がおかしい。

 すると、先輩は私に気づくと、かすかに気まずそうな表情になった。
 それだけで――胸がキツく痛み出す。
 何とか、深呼吸をしてから歩き出すと、自分の席に着いた。
 ――けれど、至近距離には、先輩がいるのだ。
 私は、チラリと先輩に視線を向けるけれど、すぐに、池之島さんが、そのふくよかな身体をイスに投げるように隣の席に座ったので、そちらに視線が向いた。
 昨日の今日で、何を言って良いのか――そう思ったのに、彼女の表情が泣き出す寸前のようなものに見えて、言葉は引っ込んでしまった。

「――何」

 池之島さんは、私の視線に気づいたのか、ぶっきらぼうにそう言うと、すぐに視線を戻す。

「え、あ、お、おはよう……」

 ぎこちなく返せば、ジロリと睨まれ、ふい、と、顔を背けられた。
 私は、視線を戻すと、パソコンを上げる。
 すると、メールで、労災申請の書類が送られてきていた。

 ――そう言えば、そんなコト、言ってたな……。

 でも、今の私は、それどころではない。

 ひとまず、それは置いておくコトにして、自分の仕事を始める。
 今日は、午後イチの会議の資料を準備しないとだ。

 ――……せめて――仕事くらいは、ちゃんとやらないと。

 先輩を困らせたいワケじゃないんだから。
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