甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
「あ、ホントに来た」

「ウソだったの⁉」

 ロビーの自販機の前で、商品を眺めていた平木くんは、エレベーターを降りて近づいてきた私を見やると、驚いたようにそう言った。
「冗談。――駅のファミレスにでもする?」
「え、あ」
 私は、自分の財布の中身を思い出し、ためらってしまう。
 とにかく慢性的な金欠なのだ。
 他人からおごられても、おごる余裕などまったく無い。
 けれど、彼は、当然のように言った。
「それくらいなら、おごるけど?」
「え……こういうのって、相談する方が払うべきじゃない……?」
「何、それ。そんなルール、聞いたコト無いけど」
「――……そ、そうなの?」
 私の反応を鼻で笑うと、平木くんは、先に歩き出す。
 そして、従業員出口でロックを解除し、振り返った。
「まあ、今日は、オレのおごりってコトで」
「あ、ありがと……」
 正直、先輩とのコトを、どこまで話せば良いのかわからないけれど――今まで、こんな風に、話を聞いてくれる人なんて、いなかったから、ほんの少しだけうれしい。

 ――でも。

 それで、先輩への気持ちが、消えてくれるワケでもないのだ。



 二人、駅ビルに入っているファミレスで注文を終えると、お冷を口にした平木くんが、私を見やる。
「――で、結局、ケンカなワケ?」
「え」
「何か、朝からぎこちなかったじゃん」
「――え」
 そんなにバレバレだったの?
 私は、青くなるが、彼は苦笑いで首を振る。
「そこまで、あからさまじゃねぇよ。――まあ、津雲田さんは顔に出るし、日水主任は、何かいつも以上に鬼気迫っているっつーか」
「そ、そう……だった……?」
 思わず両手を頬に当ててしまう。
 平木くんは、何が琴線に触れたのか、急に笑い出した。
「そういうトコ。――何っつーか、子供みたいだよな」
「う……」
「別に、悪いワケじゃないでしょ。そういう個性?」
「……でも……」
 それで、総務部の空気が微妙になってしまうのは困る。
 すると、彼は、注文したドリンクバーへ向かうため、立ち上がった。
「マチアプの時も、そんなだったんだ?」
「え?」
「結婚、結婚って、顔に出過ぎて、男が引く、みたいな」
「――っ……」
 サラリ、と、そんなコトを言い、彼は、そのまま飲み物を取りに向かった。
 私は、イスに座ったまま硬直。

 ――……確かに……結婚相手を探してはいたけど……。

 男性にとっては、引くようなコトだった?


 ――……先輩も……?


 うつむいて唇を噛んでいると、カタリ、と、グラスが置かれた。
「え」
 目の前には、オレンジジュース。
 私は、顔を上げる。
「あ、あの、私、頼んでない……」
「オレが二人分頼んだけど」
「え」
「オレが払うんだから、別に気にするコト無いのに」
「でも……」
「昔は、こういうのが当然だったんじゃないの?」
 あまりに自然に言われ――嫌味に聞こえなかった。
 もしかして、この人……自分が思ったコト、何も考えずに口に出す人なんじゃ……。
 そう思うと、いちいち言葉の意味を考えるのが、バカらしくなってきた。

 ――本当に……世の中には、いろんな人がいるんだ。

「津雲田さん、頼んだヤツ、来たよ?」

 平木くんは、チラリ、と、自分の後ろを見やる。
 視線を向ければ、店員が、お盆を持ってこちらへ向かって来ていた。

「う、うん」

 みんながみんな、そういうワケじゃないんだろうけれど――彼に関してだけは、深く考える必要が無いような気がした。
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