甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
LIFE.2
津雲田月見――二十三歳。
去年、両親が飛行機事故で亡くなるまでは、日本でも有数の精密機械メーカーの社長令嬢――だった。
その後、あっという間にアメリカ企業に会社を乗っ取られ、創業者一族は全員追放。
手元の資産も知らぬ間に奪われ、まさか、という展開に頭がついていかず。
けれど、そんな状況下でも、生きていかなければならなくて――。
一人娘の私は、遠縁の伝手で、何とか今の会社――本堂製菓株式会社に、入れてもらったのだ。
収入源を得たのは良いけれど、それまで、身の回りの事を自分でするのは最低限だった私は、まず、生活するには何をしたら良いのかが、わからなかった。
それに手を差し伸べてくれたのが、祖父の代から執事として家を守っていてくれた、増沢だった。
――増沢が、お嬢様を一人前の社会人として、お育てしてみせます。
――ですから――どうか、安らかにお眠りください――……。
両親のお葬式の日、祭壇に向かって身体を二つ折りにする程に深々と頭を下げた彼しか――私に残された人はいなかった。
周囲では、遺産相続だ、会社の株だ、果ては私の後見人という立場の取り合い。
その、耳を塞ぎたくなるような会話の応酬の中、増沢だけが、頼りだった。
そして、会社が乗っ取られると同時に消えていく人々の中、彼は、私の生活を支えるべく、他の家の執事の仕事が終わってから、週一で様子を見に来てくれていた。
――お嬢様、ここが、お部屋の全てでございます。他に置く場所も無いのに、こんなにお買い上げされてどうされるのですか。
――食事は三食、ご自分でご用意するのですよ。
――誰も起こしてはくれないのですから、ご自分で目覚ましをセットして、ご自分でお仕度をなさいませ。
そんな、小学校に上がる前の幼児に言い聞かせるように、私に、一から教えてくれた増沢は、年のせいか、徐々に家に来る頻度が落ち、今は月に一回。
まるで、抜き打ち検査のような訪問に、それまでの荒れた生活をどうにかしようとしてはいるのだけれど――。
「お嬢様、いい加減、お召し物は、クローゼットに入る分だけにされたらいかがですか」
「……だって……毎日同じ服で、会社に行く訳にもいかないじゃない」
「そこは、世の女性達が行っている、着回し、というものがございますが」
「……別に、良いでしょ。……マネキンが着ているコーディネイトが一番楽なんだもの」
それを考えるだけの頭も、余裕も無いのだ。
自分でも、こんなに何もできない人間だとは思わなかった――という事を自覚したのは、一人暮らし二か月目に入った辺りだ。
日々の仕事があるのに、朝ごはんを用意して、洗濯して、ゴミを捨てて、お風呂も掃除して、食事の買い物もして――。
そんな、他の人が普通にやっている事ができない。
まるで、自分が欠陥品のような錯覚に陥りそうだった。
「――それで、お仕事の方は、いかがでしょうか」
増沢が片付けてくれた部屋の中、どうにか見えてきた床に、ヘタレたクッションを敷くと、私は、体育座りをする。
「……い、一応、頑張ってはいるわよ」
「お給料相応の働きをされていると思って、よろしいのですね」
「そ、そう言われると……」
徐々に視線を下げるが、不意に、日水先輩の手の温もりを感じ、頭を上げた。
「で、でもね、私、教えればちゃんとできるコって、先輩に言われてるから!」
まるで、小学生のような宣言にも、増沢は眉をひそめない。
ゆっくりと微笑み、うなづいてくれた。
「さようでございますか。お嬢様は、日々、社会人として成長されているのですね」
「……べ、別に……仕事だから……頑張るしかないじゃない……」
何だか気恥ずかしくなり、そっぽを向いてそう主張するが、増沢には通じない。
「ですが、まだまだ、独り立ちは遠そうでございますね」
「……うるさいなぁ……」
まるで、実のおじいちゃんのような彼に、私は、実の孫のように悪態をついた。
去年、両親が飛行機事故で亡くなるまでは、日本でも有数の精密機械メーカーの社長令嬢――だった。
その後、あっという間にアメリカ企業に会社を乗っ取られ、創業者一族は全員追放。
手元の資産も知らぬ間に奪われ、まさか、という展開に頭がついていかず。
けれど、そんな状況下でも、生きていかなければならなくて――。
一人娘の私は、遠縁の伝手で、何とか今の会社――本堂製菓株式会社に、入れてもらったのだ。
収入源を得たのは良いけれど、それまで、身の回りの事を自分でするのは最低限だった私は、まず、生活するには何をしたら良いのかが、わからなかった。
それに手を差し伸べてくれたのが、祖父の代から執事として家を守っていてくれた、増沢だった。
――増沢が、お嬢様を一人前の社会人として、お育てしてみせます。
――ですから――どうか、安らかにお眠りください――……。
両親のお葬式の日、祭壇に向かって身体を二つ折りにする程に深々と頭を下げた彼しか――私に残された人はいなかった。
周囲では、遺産相続だ、会社の株だ、果ては私の後見人という立場の取り合い。
その、耳を塞ぎたくなるような会話の応酬の中、増沢だけが、頼りだった。
そして、会社が乗っ取られると同時に消えていく人々の中、彼は、私の生活を支えるべく、他の家の執事の仕事が終わってから、週一で様子を見に来てくれていた。
――お嬢様、ここが、お部屋の全てでございます。他に置く場所も無いのに、こんなにお買い上げされてどうされるのですか。
――食事は三食、ご自分でご用意するのですよ。
――誰も起こしてはくれないのですから、ご自分で目覚ましをセットして、ご自分でお仕度をなさいませ。
そんな、小学校に上がる前の幼児に言い聞かせるように、私に、一から教えてくれた増沢は、年のせいか、徐々に家に来る頻度が落ち、今は月に一回。
まるで、抜き打ち検査のような訪問に、それまでの荒れた生活をどうにかしようとしてはいるのだけれど――。
「お嬢様、いい加減、お召し物は、クローゼットに入る分だけにされたらいかがですか」
「……だって……毎日同じ服で、会社に行く訳にもいかないじゃない」
「そこは、世の女性達が行っている、着回し、というものがございますが」
「……別に、良いでしょ。……マネキンが着ているコーディネイトが一番楽なんだもの」
それを考えるだけの頭も、余裕も無いのだ。
自分でも、こんなに何もできない人間だとは思わなかった――という事を自覚したのは、一人暮らし二か月目に入った辺りだ。
日々の仕事があるのに、朝ごはんを用意して、洗濯して、ゴミを捨てて、お風呂も掃除して、食事の買い物もして――。
そんな、他の人が普通にやっている事ができない。
まるで、自分が欠陥品のような錯覚に陥りそうだった。
「――それで、お仕事の方は、いかがでしょうか」
増沢が片付けてくれた部屋の中、どうにか見えてきた床に、ヘタレたクッションを敷くと、私は、体育座りをする。
「……い、一応、頑張ってはいるわよ」
「お給料相応の働きをされていると思って、よろしいのですね」
「そ、そう言われると……」
徐々に視線を下げるが、不意に、日水先輩の手の温もりを感じ、頭を上げた。
「で、でもね、私、教えればちゃんとできるコって、先輩に言われてるから!」
まるで、小学生のような宣言にも、増沢は眉をひそめない。
ゆっくりと微笑み、うなづいてくれた。
「さようでございますか。お嬢様は、日々、社会人として成長されているのですね」
「……べ、別に……仕事だから……頑張るしかないじゃない……」
何だか気恥ずかしくなり、そっぽを向いてそう主張するが、増沢には通じない。
「ですが、まだまだ、独り立ちは遠そうでございますね」
「……うるさいなぁ……」
まるで、実のおじいちゃんのような彼に、私は、実の孫のように悪態をついた。