甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
「――では、今月はこれにてお暇させていただきます」
「うん。――ありがと、増沢」
それから三十分間、きっちりと部屋の片づけを終えてくれた増沢は、自分の家に帰って行く。
どうも、同じバス停だけど、家は反対方向のようだ。
――できる限り、お嬢様をお一人にさせませんので。
そう言ってくれてるから、夜に出歩こうが、危機感は無いのだ。
遅くなる時は、スマホでメッセージを送れば、それに合わせて同じバスに乗ってくれるし、自分の仕事で、どうしても向かえない時は、早く帰るように念を押される。
そんな風に支えてもらっているから――私は、何とか、一人でも暮らしていけるのだ。
――……まあ、未だに、食事を作るという事だけは、できないけれど。
私は部屋を見回し、大きくため息をつく。
今も、両親の遺産は、宙に浮いたまま。
ウチが契約していた専門の人に頼んでいると、増沢に聞いたけれど――。
額が額だし、そもそも未だに係争中なので、時間がかかるのだそうだ。
それまで、この物のあふれた1DKの狭い部屋の中で、暮らしていかなければならない。
私は、かろうじて設置されたベッドに、着替えもせずに横たわる。
煤けた低い天井は――去年までは、まるで縁の無かったものだ。
――……何で、こんな事になっちゃったんだろ……。
以前までなら、大学が終われば、カフェや雑貨屋に寄ったり、映画だって観に行けた。
お嬢様と言われようが、別に、高貴な血筋という訳でも無いし、あり余るほどのお金がある訳でも無い。
両親が頑張って大きくした会社に、いずれは、お婿さんをもらって、そこそこの立場に収まるんだろうという感覚ではあったけれど。
私は、手を伸ばし、床に置いてあったバッグからスマホを引っ張り出すと、アプリを開く。
結局、強制退会させられた訳なのだから――他をあたるしかないか。
今の私の心の支えは――甘やかしてくれる旦那様を見つける事だけ。
――私だけを大事にしてくれる”家族”が欲しいだけ――。
「――津雲田、ちょっと来い」
「……ハァイ……」
出勤するやいなや、日水先輩に呼びつけられ、そのままデスクの前に。
すると、先輩は、珍しく気まずそうに私に小声で尋ねた。
「……昨日は、大丈夫だったか」
「え?」
「……いや、送らなくても良いって言ってたけどな――」
私は、その言葉に目を丸くする。
「――もしかして、心配、してくれたんですか?」
先輩は、ぐ、と、言葉を詰まらせるが、視線をさまよわせながらもうなづいた。
「……い、一応、遅かったし――まあ、お前も女な訳だから……」
その顔は、こちらが驚くほどに赤い。
――……うそぉ……。
私が目を丸くしていると、先輩は、眉を寄せて睨みつけた。
「……何だ」
「あ、いえ……先輩でも、照れる事あるんだなぁ、と」
「……うるさい。大体、いい加減、先輩はやめろ。主任だ」
「……ハァイ」
「その口調も、仕事中ではやめておけ。かなりの人間がイラついてる」
「――ハイ」
仕事、と、言われたら、反論もできない。
この口調は、昔からのクセなんだけど――。
「……まあ、プライベートなら、いくらでもやっておけ」
「……そんなに器用じゃありませんー」
「津雲田」
「ハイ。……すみません」
長年の積み重ねは、そう簡単には抜けないもの。
けれど――先輩に言われたら、直さないといけないんだろうと、素直に思ってしまう。
それは、彼が私の教育係で――直属の上司になったから。
――別に、それ以上でも、それ以下でもないんだ。
「うん。――ありがと、増沢」
それから三十分間、きっちりと部屋の片づけを終えてくれた増沢は、自分の家に帰って行く。
どうも、同じバス停だけど、家は反対方向のようだ。
――できる限り、お嬢様をお一人にさせませんので。
そう言ってくれてるから、夜に出歩こうが、危機感は無いのだ。
遅くなる時は、スマホでメッセージを送れば、それに合わせて同じバスに乗ってくれるし、自分の仕事で、どうしても向かえない時は、早く帰るように念を押される。
そんな風に支えてもらっているから――私は、何とか、一人でも暮らしていけるのだ。
――……まあ、未だに、食事を作るという事だけは、できないけれど。
私は部屋を見回し、大きくため息をつく。
今も、両親の遺産は、宙に浮いたまま。
ウチが契約していた専門の人に頼んでいると、増沢に聞いたけれど――。
額が額だし、そもそも未だに係争中なので、時間がかかるのだそうだ。
それまで、この物のあふれた1DKの狭い部屋の中で、暮らしていかなければならない。
私は、かろうじて設置されたベッドに、着替えもせずに横たわる。
煤けた低い天井は――去年までは、まるで縁の無かったものだ。
――……何で、こんな事になっちゃったんだろ……。
以前までなら、大学が終われば、カフェや雑貨屋に寄ったり、映画だって観に行けた。
お嬢様と言われようが、別に、高貴な血筋という訳でも無いし、あり余るほどのお金がある訳でも無い。
両親が頑張って大きくした会社に、いずれは、お婿さんをもらって、そこそこの立場に収まるんだろうという感覚ではあったけれど。
私は、手を伸ばし、床に置いてあったバッグからスマホを引っ張り出すと、アプリを開く。
結局、強制退会させられた訳なのだから――他をあたるしかないか。
今の私の心の支えは――甘やかしてくれる旦那様を見つける事だけ。
――私だけを大事にしてくれる”家族”が欲しいだけ――。
「――津雲田、ちょっと来い」
「……ハァイ……」
出勤するやいなや、日水先輩に呼びつけられ、そのままデスクの前に。
すると、先輩は、珍しく気まずそうに私に小声で尋ねた。
「……昨日は、大丈夫だったか」
「え?」
「……いや、送らなくても良いって言ってたけどな――」
私は、その言葉に目を丸くする。
「――もしかして、心配、してくれたんですか?」
先輩は、ぐ、と、言葉を詰まらせるが、視線をさまよわせながらもうなづいた。
「……い、一応、遅かったし――まあ、お前も女な訳だから……」
その顔は、こちらが驚くほどに赤い。
――……うそぉ……。
私が目を丸くしていると、先輩は、眉を寄せて睨みつけた。
「……何だ」
「あ、いえ……先輩でも、照れる事あるんだなぁ、と」
「……うるさい。大体、いい加減、先輩はやめろ。主任だ」
「……ハァイ」
「その口調も、仕事中ではやめておけ。かなりの人間がイラついてる」
「――ハイ」
仕事、と、言われたら、反論もできない。
この口調は、昔からのクセなんだけど――。
「……まあ、プライベートなら、いくらでもやっておけ」
「……そんなに器用じゃありませんー」
「津雲田」
「ハイ。……すみません」
長年の積み重ねは、そう簡単には抜けないもの。
けれど――先輩に言われたら、直さないといけないんだろうと、素直に思ってしまう。
それは、彼が私の教育係で――直属の上司になったから。
――別に、それ以上でも、それ以下でもないんだ。