甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 不意に黙った私を見やると、平木くんは言った。

「ん?何、笑ってんの」

「え、あ……わからないものだな、って……」

「何が」

「だって、平木くん、ホント強引で話聞いてくれなくて――嫌だったもの」

 そう返せば、彼は、思い切り顔を伏せる。
「……酔った勢いってコトで、勘弁してくれない?」
「ヤダ」
「ヤダって……」
「私、何度も嫌だって言ったのに」
「うん、それはゴメン」
「それに、失礼なコト、いっぱい言われたし」
「――それは……まあ、ウワサを鵜呑みにしたオレが、バカだったって」
 チラリ、と、顔を半分だけ上げると、彼は、私を申し訳無さそうに見やる。
「……本当に、ゴメン」
 顔を伏せて言われ、私は、そっと、彼の頭を小突く。
「え」
 そして、驚いて顔を上げた彼を、ジロリ、と、睨んだ。

「謝る時は人の目を見ろって、教わらなかった?」

 自分にも、ブーメランな気がするけれど、今はそれは置いておこう。

「――それ、日水主任から?」

 その問いかけには、首を振る。

「――亡くなった両親」

 そして、増沢に。
 でも、それを言うと、執事云々を説明しなければならないので、そこは黙っておく。
 平木くんは、バツが悪そうにうなづくと、顔を上げ、私を真っ直ぐに見た。

「――本当に、悪かった」

「――……うん。……でも、完全には、許さないから」

「……それで良いよ」

 彼は、肩をすくめると、目の前のアイスコーヒーを飲み干した。



「じゃあな、気をつけて帰ろよ」

「……うん。……今日は、ごちそうさまでした。ありがとう」

 電車の平木くんと、駅のコンコースで別れる。
 私は、そこからバスターミナルへ向かわなければならない。
 頭を下げ、お礼を言う私に、彼は苦笑いで肩をすくめる。

「――ああ、まあ、早く仲直りしてくれよ。……っつーか、振られるなら、早目にな」

「何それ、ひどい!」

「そしたら、堂々と誘えるじゃん」

「――え?」

 キョトンとした私を置き去りに、彼は、さっさと改札を通って行く。
 私は、それを見送ると、頭を軽く振った。

 ――まあ、深く考えないようにしよう。

 そして、いつもの路線まで向かおうとして、すぐに、ターミナルの大きな柱の影に隠れた。

 ――先輩……何で……。

 ベンチに座って、スマホを見たり、キョロキョロと周囲を見回している先輩は、まるで、誰かを探しているようで――そして、たぶん、それは、私だ。

 どうしよう……。
 タクシーで帰るワケにもいかないし……徒歩じゃ、日付が変わっちゃう。
 何とか、顔を合わせないようにしたいけれど――そう思い、閉まる寸前のインフォメーションセンターに駆け込んだ。

「あ、あのっ……」

 いっそ、近くのバス停を通る、別のバスが無いだろうか。
 そう思い尋ねると、もうすぐ発車する二番線のバスが、いつものヤツと途中まで一緒だった。
 バス停が大体三個ズレるけれど――おそらく、そう遠くは無いはず。
 私は、係員の人に頭を下げると、まもなく発車します、と、アナウンスが流れるバスに飛び乗った。
 そして――どうにか、先輩の視界から外れるコトに安心し、一番奥の席に腰を下ろす。

 ――……こんな風に、逃げたくは無いのに……。


 でも――……まだ、決定的な言葉を聞く覚悟は、できていないんだ。
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