甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 池之島さんは、私から視線を動かさず、持っていた資料を机の上に叩きつける。

「良いわよね、お嬢様は!アタシ達が、必死で何十社――何百社――就活して内定もらって、ようやく就職できたっていうのに、簡単に入り込めて!」

「え、あ、あの……」

「こんなのと同期とか――最初から、腹が立ってしょうがなかったわよ!」

「で、でも、私だって面接とか――」

「ただの顔見せでしょうが!コネ入社なんだから!」

 私は、言葉を失う。

 ――確かに、そう。

「でもっ……!」

「何よ、事実でしょ」


「事実だけどっ……!――でも、両親が死んで、会社も財産も奪われて、周りの人達はみんな離れていって――それでも、生きていかなきゃならなかった!そんな時に手を差し伸べてもらったら、すがるしかないじゃない!!」


 にじんできた涙は――あっという間に大粒に変わり、頬を伝い落ちていく。

 池之島さんは、反論しようとしたけれど、口を閉じる。
 そして、私に背を向けると、一人、作業を始めた。



「――……ちょっと……いい加減、手伝ってくれない」

「ご、ごめん、なさい……」

 しばらくして、池之島さんにあきれたように言われ、私は、グスグスと鼻を鳴らしながら、手で涙をこする。
 ハンカチなんて、用意していないのだ。
 彼女は、バツが悪そうに、ポケットティッシュを私に投げ渡した。
「……あ、あり、がと……」
 私は、それを両手で受け取ると、ありがたく鼻をかむ。
「……アンタに何があったかなんて、ニュースでしか知らないのよ」
「うん」
「大体、入社(はい)った時から、アンタの世間知らずに、みんな腹が立ってたの」
「――……うん……」
「だから、日水主任が容赦なく怒ってくれて、少しは気が晴れてたのに……付き合うとかさ――」
「……それは……」

 ――フリ、なだけで……もうすぐ、振られるんです。

 そんな言葉は、どうしても言えず、黙り込む。
 池之島さんは、私に、紙の束を押し付けるように渡す。
「まあ、もう、どうでもいいわよ。さっさと終わらせるわよ。アンタもやらなきゃ、コレ、一日かかるじゃない」
「……う、うん……」
 私は、もう一度涙を拭くと、深呼吸し、うなづいた。


 しばらく、無言のまま、池之島さんと隣り合って書類を振り分ける。
 私は、箱からどんどん出てくる書類の束を見やり、気分が滅入ってきた。
 それに気づいた彼女は、あっさりと言う。
「ああ、コレ、まだ、あと二十箱くらいあるから」
「へ?」
 ――二箱、じゃなくて?
 彼女は、そんな私を見やり、少しだけバカにしたような口調で言った。
「当たり前でしょ。ウチの会社、工場だけで全国何か所あると思ってるのよ」
「――……あ……う、うん……」
 正直、そういう情報は、増沢から最初に聞いて――右から左だった気がする。
「ホント、何にも知らないのね。二年目なのに」
「――……ご、ごめん……」
「アタシに謝ってどうすんのよ。姿勢の問題でしょうが」
 私は、うなづくと、唇を噛む。

 ――確かに、池之島さんの言うとおりだ。

 彼女にされたコトは、腹が立つ。
 けれど――言っているコトに、反論はできなかった。
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