甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 お昼のベルが書類倉庫まで届き、一気に肩の力が抜けた。

「――一旦、途中がわかるように片付けるわよ」

「あ、う、うん」

 まるで上司のように池之島さんに言われ、私は、うなづいて返す。

 ――何だか、本当に、上司のよう。

 一緒に仕事をしていると、時々手を抜いているコトはあっても、作業自体は、私の数倍早いのがわかる。

 ……私は、まだ、怒られてばかりなのに……。

 平木くんもだけど、同期というだけで、誰が、どんな風な人なのか、全然知らなかった。
 私は、いつも、自分ばかりで――他人に目を向けるというコトをしてなかったと思う。


 ――目指すのは、私だけを大事にしてくれる旦那様との、甘い生活。


 今までは、それだけ考えていても許されていた。
 将来は、ほぼ確定。
 ほどほどに仕事をして、将来的には、家族も持って。

 ――でも、それは、とてもとても、贅沢なコトなのだと、今はわかる。


「ちょっと、沈んでないでよ。今度、日水主任に疑われたら、アタシ、クビになるじゃない」

「――う、うん。……ごめん」

 私は、うなづくと顔を上げる。
 そして、部屋を出て、池之島さんとエレベーターを待つ。
「――……あの……」
「何」
「……わ、私……池之島さんに、だまされたコト、許せないけど――」
「そう」
「でも――……自分が世間知らずで、助けてもらわなきゃ何にもできないって、今さらだけど、わかり始めてるから……」
「ふぅん」
 気の無い返事。
 けれど、彼女の空気は、来た時ほど、ヒリヒリはしていない気がした。


 今朝は遅刻寸前だったので、お昼は無いので、近くのコンビニに行かなきゃいけない。
 私は、スマホを持つと、総務部を出ようとすると、後ろから声がかかった。

「あ、津雲田さん、これから昼?」

「――平木くん」

 振り返ると、一瞬、構えてしまったが、彼は気にするコト無く、私の隣に並ぶ。
「コンビニ?」
「う、うん……。今日、遅かったから……」
「オレも、オレも。一緒に行かねぇ?」
「え――あ、う、うん……」
 あっさりと誘う彼に戸惑いながらも、どうせ、向かうところは一緒なのだと、うなづいた。
 エレベーターのドアはすぐに開き、二人で乗車率八割ほどの箱の中に入る。
 なかなかの込み具合に、みんな、いかに接触しないように気を遣っているみたいだ。
 無言が漂う箱は、すぐに一階に到着。
 そして、中の人間は、吐き出されるように外へ出た。
「あ、牛丼屋、今、()いてねぇ?」
 すると、従業員出口から見える、向かいの牛丼屋に、平木くんは視線を向けてそう言った。
「え・あ、ホントだ」
 どうやら、今日はいつものピークの半分くらいか。
 道の反対側から見ても、席が空いているのが見えた。
「行く?」
「え、で、でも」
「金欠」
「――……うん……」
 素直にうなづくと、彼は、吹き出す。
「うーん、オレも、そうそうおごるほど金があるワケじゃないし。今日はあきらめるか」
「そうだね」
 お互い同じ二年目。
 今のご時世、収入に男女差があってはならない、との、会社の方針なので、お給料は大体同じなのだろう。
「じゃあ、さっさとコンビニ行こうぜ」
「う、うん」
 平木くんは、スタスタと歩き、私はそれを早足で追いかける。

 ――先輩は――いつも、歩幅を合わせてくれたな……。

 そう思い出し、泣きたくなるけれど――今はダメだ。

 私は、深呼吸をしながら、横断歩道を進んでいく彼を追いかけた。
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