甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 結局、平木くんと二人でコンビニでお昼を買い、一緒に会社に戻る。
 すると、従業員出入口前で、ひときわ大きな影が見え、私は、足が止まってしまった。

「津雲田さん?」

 隣を歩く平木くんも足を止めると、不審そうに呼ぶ。
 ――が、次には、視線を同じ方向に向け、一瞬だけ硬直した。

「――日水主任」

 先輩は、私達の方へ、一歩近づく。

「悪いな、平木。――津雲田、来い」

 私は、視線を下げると、平木くんの陰に隠れた。

「――月見(・・)

 少しだけ柔らかい口調は――プライベートの時のようで……涙腺が刺激されてしまう。

 ――でも――きっと、言われるのは、拒絶の言葉。

 そんなものを、お昼休みに聞きたくない。

 ――そんな覚悟は、まだ無いんだ。

「津雲田さん」

 すると、平木くんが、振り返りながら私を呼ぶ。
 けれど、私は、首を大きく振って返した。
 彼は、若干あきれたように肩をすくめると、先輩を見やる。
「すみません、主任。何か、彼女、嫌がってるみたいなんですけど?」
「――は?」
「昼メシ食い損ねると悪いんで、行っても良いでしょうかね」
 そう言って、平木くんは私の腕を取ると、スタスタと先輩の脇をすり抜け、社屋に入る。
「ひ、平木くん?」
「――まだ、覚悟は決まってないんでしょ。別に、今じゃなきゃいけない訳じゃないし――ていうか、会社で別れ話とか、やめてほしいんだけど?」
「ゴ、ゴメンなさい」
 私は、チラリと閉まったドアを見やるが、開く気配も無い。
 それに――胸が痛むけれど、今は、まだ、聞きたくない。

 ――なら、いつだったら聞けるの?

 不意によぎった思いは、無理矢理沈めた。

「食堂、空いてるかな」

 そんな私の気持ちなどお構いなしに、平木くんは、私の手を掴みながら階段を上る。

「ひ、平木くん……あの……もう、離して……」

 また、あらぬ誤解を生んでも困るんだから。
 私は、彼の手を外し、足を止めた。
 すると、少しだけ気遣ったような口調で言われた。

「――……良いの、アレで?」

「……うん……ありがと……。……今は、まだ――……」

「そう。でも、まあ、振られるって言うんなら、早目に振られたら?」

「え」

 淡々と言う平木くんは、階段の一段上から、私を見下ろすと、そう言った。

「いつまでも引きずってたら、次いけないでしょ。津雲田さん、結婚したいんじゃないの?」

「――……っ……」

 ――確かに、彼の言う通り。

 ――でも……。

 私は、唇を噛みしめると、彼を見上げる。

「――……今はもう、誰でも良いから、結婚したいワケじゃないよ」


 ……先輩だから――……。


 日水三善さん、だから、一緒にいたいって思ったの……。



 そう心の奥から湧き出る気持ちに、涙が浮かんでしまうけれど。


 ――やっぱり、振られるのも、嫌われるのもヤだな……。


「――……じゃあ、頑張るしかないんじゃないの」

「え」

 不意に聞こえた言葉に、浮かんだ涙は一時停止。
 平木くんは、淡々と言葉を続けた。

「まだ、決定的な言葉は聞いてないんでしょ。なら、もう一度、頑張ったら?」

「――……え……」

 私は、目を丸くし、平木くんを見つめる。
 彼は、視線を少しだけ外すと、バツが悪そうに続けた。

「もしかしたら、気が変わるかもしれないし。――それでもダメだったら、あきらめもつくんじゃないの」

 私は、彼の言葉を反芻する。


 ――そっか。

 ――……先輩と向き合うのが怖いのは、まだ、私が好きだから。

 ――……簡単にあきらめられる程の気持ちじゃないから、なんだ――……。


「……そう、だね。……ありがと……」

 私は、彼に頭を下げる。
 すると、抑えたように、クッ、と、喉で笑われた。

「――まあ、頑張るだけ頑張れば?骨は拾ってやるから」

「……何で、骨?」

 キョトンとして返すと、平木くんは顔を背け、肩を震わせて、しばらく笑い続けたのだった。
 
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