甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
LIFE.16
――もう一度、頑張る。
そう、決意はしたものの、やっぱり、まだ、先輩に真正面から向き合うのは怖くて。
「――ちょっと、さっきから、ため息がウザいんだけど」
「え」
不意に後方から言われ、私は、肩越しに振り返る。
午後から、再び資料整理に池之島さんと二人で当たっていたのだけれど――浮かない気持ちは、仕事にも影響してしまった。
「ご、ごめん……」
「何でも良いけど、手は止めないでよ。今日中に、この箱の山、片付けるんだから」
そう言って、彼女は視線をドアの方へ向ける。
そこには、追加された段ボール箱の山が――五箱。
持った時には結構重かったので、やっぱり、時間はかかるかも。
「先を見ない。手元にあるヤツから片付ける」
「――う、うん」
「できる分しか持ってきてないんだから。絶対、定時に帰るわよ」
「え?」
その気合いの入り方に、キョトンとすると、池之島さんは、勝ち誇ったように言った。
「合コンよ、合コン!今日は、大手企業が揃ってるって言うから、気合い入れないとなの」
「――そ、そう……」
「何よ、アンタには主任がいるじゃない。それとも、浮気したいワケ?」
「違っ……」
勢いよく首を振って否定すると、彼女は、あきれたように私を見下ろした。
「じゃあ、何よ」
「――い、池之島さん……先輩のコト、す、好きだったんじゃ――」
最後までは言えず、彼女の視線に、言葉は消える。
「別に、男は、主任だけじゃないわよ。見込みの無い恋愛なんて、時間の無駄。アンタじゃないけど、アタシだって、早く結婚したいし」
「……あ、そ、そう、なんだ……」
――……でも……本当に、良いのかな……。
――私は……振られるのが怖くて、どんどん先延ばしにしてるから、どうしても気になってしまうんだ。
すると、池之島さんは私に背を向けると、書類を箱から出し始める。
もう、持っていたものは終わったようだ。
「ああ、もう、辛気臭いカオしてんじゃないわよ。――さっさと、終わらせるって言ってるでしょ」
「う、うん。……ご、ごめん」
私はうなづくと、再び持っていた伝票を振り分け始めた。
本当に、宣言通りに、定時三十分前に今日の分は終了。
私は、あっさりと段ボール箱を畳んでいる池之島さんを見やった。
「――ああ、もう!ずっと、チラチラ、チラチラと……!いい加減、言いたい事あるなら、ハッキリ言ってよね!」
作業途中も、気になってしまい、時折、肩越しに彼女を見ているのは、気づかれていたようで。
半分キレながら言われ、私は肩をすくめた。
「ご、ごめんなさい……。……ホントに、もう良いのかな、って……思って……」
そう、バカ正直に答えれば、彼女は、思い切りしかめっ面で返す。
「……アンタの、そういうトコ、逆に尊敬すら覚えるわ」
「え?」
キョトンとして返せば、鼻で笑われた。
「素直って言えば聞こえは良いけどさ、要は、何にも考えてないんじゃないの」
「……そ、そんなコトは……」
「これまでは、それで生きていけたんでしょうけど。――世間は、そんなに甘くないわよ」
「……わ……わかってる……」
そんなコトは――もう、嫌ってほどに感じてる。
けれど、それくらいでは、まだ、足りないんだろう。
「ちょっと、半分持ってよ」
「あ、う、うん……」
そんなコトを考えている隙も無く、池之島さんは、私に畳んだ段ボール箱を二つ手渡す。
それを落とさないように抱え、二人でエレベーターを待った。
その間の沈黙は、気まずいけれど、無理に話題を振ったら自爆しそう。
彼女の視界には私は入っていないようで、エレベーターの階数表示を無言で眺めている。
――……でも……。
「あ、あの……」
「何」
「……えっと……ご、合コン、頑張って……」
「はあ?」
何とか場を繋ごうとひねり出した私の言葉に、彼女は、顔を思い切り歪める。
そして、
「……アンタ、ホント、自覚無いわね……」
大きくため息をつくと、到着したエレベーターに、さっさと乗り込んでいった。