甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 バスの停車ボタンを押して、私は、一人、いつものバス停に降り立つ。

 ――せっかく、初めてボタンを押せたのに、気分は晴れない。

 ため息をつきながら、帰り道を歩き出そうとし、ふと、今日の夕飯が無いのに気がつく。
 いや、増沢の作り置きもあるけれど――それを用意する気力が無い。
 私は、いつものコンビニへと歩き出す。
 けれど、その途中でも、先輩のコトを思い出しては、ため息。
 ――……こんなんじゃ、みんなにあきれられるのも、当然かな……。
 池之島さんみたいに、切り替えられればいいのに。
 そんなコトを考えていれば、自動的に視線は下がる。
 そのままコンビニに到着し、いつもの音楽に迎えられると、ほんの少しだけ、日常が戻った気がした。
 
「あれ、津雲田さんじゃん」

「え」

 すると、不意に声をかけられ顔を上げれば、広神さんがコンビニ弁当を手にして、こちらにやってきた。

「あ、こ、こんばんは……」

「お疲れさん、仕事帰り?」

「ハ、ハイ」

 素直にうなづいて返す――が、そう言えば、夜勤専門の人じゃなかったか。
 その疑問が顔に出ていたのだろうか、彼は、あっさりと続けた。

「今日は、休み」

「あ、そ、そうでしたか……」

 それだけ返すと、私は、頭を下げる。
「夕飯、考えてんの?」
「え?」
「新商品出たからさ。結構おススメ」
 そう言って、広神さんは、自分の持っていたお弁当を私に見せた。
「期間限定。津雲田さんには多いかもしれないけど、このシリーズ、いろんな商品あるから」
 手元を見やれば、有名中華料理店とのコラボ、と、銘打たれている。
 それだけでお腹が鳴りそうで、慌てて押さえた。
「わ、わかりました。ありがとうございます」
 勘づかれるのが恥ずかしくて、再び頭を下げて立ち去ろうとすると、クッ、と、喉で笑われる。
「――ホント、顔に出るね、アンタ」
「え」
「彼氏来てないなら、一緒に帰る?」
「――え」
 私は、広神さんの言うコトが一瞬わからず、目を丸くする。
 けれど、その”彼氏”が、先輩のコトだと気づくと、不意に涙が浮かびそうになって、慌てて首を振った。
「だ、大丈夫です。……お気遣いありがとうございます」
「――あ、そ」
 彼は、そう言って、頭を下げた私を置き、レジに向かった。

 ――……気を悪くしたかな……。

 あまりにあっさりと引き下がられたので、どう考えれば良いのかわからなかったけれど。
 自分のお腹の虫に急かされ、私は、店の中の商品を見て回ったのだった。
< 69 / 79 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop