甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 午後、割り振られた仕事をどうにか終了し、日水先輩に確認をお願いに行く。
「――……あの……」
 彼のデスクには、承認待ちの書類が溜まっていた。
 今現在、総務一課で請け負っているものは、日々の顧客対応から、会議の裏方、書類管理など。
 ――けれど、それ以外にも、雑務などが山のよう。
 そして、その大半は、日水先輩を経由している。
「ああ、確認なら、そこに置いておけ。お前の分の期限は、明日の午後だろ。早かったな」
「え、あ。……い、今、他に仕事無いですし……」
 不意打ちで褒められ、一瞬、言葉に詰まる。
 けれど、先輩は書類から顔を上げる事も無く、私に言った。
「なら、今日は、ちゃんと定時で上がれよ」
「……ハイ」
 何となく、その突き放したような口調がさみしく感じ、私は、うつむき加減でうなづくと自分の席に戻った。

「津雲田さん。日水主任、今、相当忙しそう?」

「え」

 すると、隣の席の同期――池之島(いけのしま)さんが、私を座ったまま見やり尋ねてきた。
「う、うん。……何だか、書類が山になってたけど……」
「そっか。じゃあ、飲み会誘えないかー」
 彼女は、その、ふくよかな身体をイスの背もたれに投げる。
 少しだけ、ギシリ、と、音が聞こえたのは――聞こえないふりをした。
 私は、反応に困りながらも、それ以上会話が進む事が無いと思い、イスに座る。
 そして、帰り支度をしていると、不意に、隣から再び声がかかった。

「ねえ、津雲田さん、飲み会って参加できる?」

「……え」

 ニコリ、と、人好きのする笑みを浮かべ、彼女は私に尋ねる。
「――え、あ。……う、うん。だ、だいじょ、ぶ」
 仕事以外には接触がほとんど無いから、緊張で噛んでしまった。
 けれど、そんな事など気にしていないようだ。
 彼女は、私をのぞき込んで続けた。
「良かった。今日は、残業無いのよね?」
「うん、も、もう、終わったよ」
「じゃあ、この後、七時から、駅前でやるんだけど、一緒に行かない?」
「え、い、良いの?」
 私は、高鳴る胸を抑えながら、彼女に尋ねる。
 ――まさか、私が誘ってもらえるなんて。
「良いも何も――総務で、不定期にやってるヤツなんだけどね。津雲田さん、いっつも、何かしらで急いで帰ってたし、忙しいのかと思って」
「あ、そ、そう、だったんだ」
 おそらく――それは、増沢に言われて、まずは生活能力をつけないと、と、いろいろ教えてもらっていた頃だろう。
「いつも、日水さんも誘ってたんだけど――主任に上がってから、そんなヒマ無くなったみたいでさ」
「……い、忙しそうだしね……」
「まあ、数合わせって言ったら失礼かな」
「う、ううん。大丈夫」
「そっか。なら、終わったら社員入り口で待ってて。みんなで行こう」
「わ、わかった」
 私は、恐る恐るうなづくと、池之島さんは、ニコニコとうなづいて返す。
 それだけで――何だか、一般の人と近づけたようで、胸が詰まった。
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