甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 定時で終われるとはいえ、何だか、このまま部屋に帰っても、気分は落ち込んでいくような気がして、私は、自分の席でパソコンの画面を眺めていた。

 ――日水:AM、会議。PM、進捗報告会議、来週以降のスケジュール作成。

 チラリと肩越しに振り返れば、美善さんの席は空いたまま。
 おそらく、会議が長引いているか――他に何か用事が突っ込まれたか。
 いつもの事ながら、何でも屋の感があるけれど、それは、何でもできるという事。

 ――……待ってたら、ダメ、かなぁ……。

 ふと、そんな思いがよぎるけれど、タイムカードを押して待っていたところで、彼が渋い顔をする――だけならまだしも、怒鳴られそうなのは目に見えている。
 そういう管理をするのも、仕事なんだから。

 ――……どこかで、時間つぶして帰ろうかな……。

 思った以上に、最近の私は、美善さんに時間を費やしていたから、こんな風になって、何をして良いのかわからない。
 服の山は、昨日で振り分け終えたし、料理は、包丁や火を使うなと言われている。
 買い物といったところで――そう思ったところで顔を上げた。

 ――あ、今日、お給料日だった!

 私は思わず立ち上がるが、すぐにイスにUターン。
 増沢に、家賃や光熱費が引き落とされるまで、お金を下ろすなと言われている。

 ――引き落とし日は、大体決まっております。
 ――それまでをひと月と考え、一か月で使える金額を手元に置いてくださいませ。

 ――お嬢様の資産自体は、まだ、宙に浮いたままなのですから、くれぐれも、いつものようなお買い物はなされないように。

 毎月、同じお小言をもらっているので、さすがに学習している。
 でも――服、どうしよう……。
 美善さんに言われたように片付けはしたけれど、残っている服をどうやって着回せば良いのかわからない。


「――アンタ、何やってんの」


「え」


 不意にドアの方から声がかけられ、顔を向ければ、池之島さんが、不審そうに私を見ながらやって来た。
 そして、自分の席からスマホを取り出す。
「さっさと帰ったら?デートじゃないの?」
「――え」
 キョトンとして彼女を見上げれば、しかめっ面で返される。
「週末でしょうが。主任なら、外出後直帰みたいよ」

「――え……」

 私は、思わず美善さんの席を振り返る。
 池之島さんは、あきれ返ったように言った。
「もしかして、待ってた訳?――ていうか、メッセージ無いの?」
「――あ……えっと……」
 そう言われ、引き出しに入れているスマホを取り出し――視線を落とす。

 ――……何も、無い。

 私の表情に、池之島さんは、大きく息を吐いた。

「……アンタねぇ……何で、いっつも主任におんぶに抱っこな訳?自分で連絡しようとか、思わないの?」

 でも――今の私に、それはハードルが高かった。

「――……言っとくけど、恋愛相談なんてする気は無いからね」
「あ、う、うん……。……ゴメンなさい……」
 私は、頭を下げる。
 相談という選択肢すら浮かばないのは――今まで、そんな経験が無かったから。

「――……とにかく、早く仲直りするなり、振られるなりしてよ。空気が悪いったら無いんだから」

 私は、その言葉に勢いよく顔を上げた。

「ふっ……振られるって……」

「何よ、ケンカしてんじゃないの?」

「そ、それは――……」

 ケンカというよりも、私が勝手に不安になって、グルグルしているだけなんだけれど。

 そんな私を、彼女は、バッサリと切る。

「お嬢様は、何でも自分がしてもらう側だから、わかんないのかしらね。――恋愛なんて、自分が動かなかったら、あっさり終わるモンよ」

 そして、

「今日は、総務飲みの日だから、アンタには構ってられないからね」

 そう、言うだけ言って帰って行く池之島さんを、私は、自分の席に着いたまま、呆然と見送った。

 ――終わる?
 ――……このままじゃ、私、美善さんに振られるの?

 これまで見てきた彼は、連絡をしないだけで、あっさりと関係を終わらせるような人には思えない。

 ――でも、どこかで、そんな私を不満に思っていたら――気持ちは、無くなるのかな。

 そう考えてしまうと、涙が浮かんでくる。
 週末、他に人がいなくなった総務部の部屋の中、私は、うつむいて唇を噛む。
 声を殺して泣く術はわからないから、顔を伏せ、とにかく我慢し続けた。
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