甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 その場に残された私と美善さんは、お互い無言のまま。
 少しの間、大通りから聞こえる車のエンジン音だけが、流れていた。
 私は、大きく鳴り続ける心臓の音に耐えながら、恐る恐る口を開く。

「……あ……あの……何で……」

「は?」

 けれど、美善さんは、未だ不機嫌なままに、それだけ返す。
 
 ――いや……は、って何⁉

 ――こっちは、勇気を振り絞ってるのに!何で、半ギレされてんの?!

 私は、彼を見上げ、睨みつけた。

「……何で、いるんですか、って聞いてるんですけど⁉」
「何でって――お前が心配だからに決まってんだろうが!」
「――は?」
 思わず素で返してしまった。
 それに、美善さんは、思い切り眉を寄せる。
「は、って何だ。彼氏なんだから、当然だろ」
「だ、だって――……」
 そのまま、いつものように口ゲンカが始まってしまいそうになり、私は、彼の脇をすり抜け、階段に向かった。
「おい、月見!」
「――何時だと思ってるんですか、先輩」
「――……っ……」
 放った正論に、彼は、思わず口ごもる。
 その隙に、階段を駆け上がると、あっさりと追い付かれた。
「……先輩」
 掴まれた手首だけが、熱くなる。
 ――広神さんの時は、全然、感じなかったのに。
「……部屋、入れろ」
 美善さんの圧が、いつもよりも強く、私は、無言でうなづく。
 そして、ドアを開け――二人で硬直した。


「お帰りなさいませ、お嬢様。――随分と遅くまでお仕事でございましたか」


「……ま……増沢……」


 迎えてくれた増沢は、言葉とは裏腹に、顔が怖くなっている。

 ――……コレは……かなり、怒ってる!

 長年のカンで、背筋に冷たいものが流れるのを感じてしまう。
 私は、美善さんを見上げると、珍しく硬直していた。
 増沢は、私達の前にやってくると、彼の前で腰を折った。

「お初にお目にかかります。津雲田家で執事を務めておりました、増沢、と、申します」

「――あ、っと、本堂製菓総務部主任、日水――です。月見さんの直属の上司になります」

 すると、増沢は、私をチラリと見やる。
「さようでございましたか。お嬢様がお世話になっております」
「い、いや……こ、こちら、こそ……」
 珍しく、歯切れの悪い返しに、私は、美善さんを見上げた。

 ――何だろ。苦手なタイプなのかな?

 でも、今は、それどころではないんだ。

「ま、増沢、今日はどうしたの?」
「いえ、まだ、ひったくりが捕まっておりませんので、念の為に様子を見に参りました」
「そ、そう……ありがと。でも、大丈夫だから」
「お嬢様」
「せ、先輩が送ってくれるし」
 そう言いながら、私は、美善さんを見上げる。
 ここで否定されたら――そう思ったけれど、彼は、苦笑いでうなづいた。

「――月見さんとは、結婚前提に交際しておりますので、当然です」

「みっ……美善さん!」

 私はギョッとして、増沢を振り返る。
 けれど――どこか、悟ったような表情で見つめられ、目を丸くした。
「増沢?」
「――いえ。……さようでございましたか。……ついに、お嬢様も、ご結婚でございますか……」
「……は、反対しないの……?」
「何故でございましょう?」
「だ、だって……急に、こんな……」
 すると、増沢はにこやかに首を振って言った。


「急ではございませんでしょう。元々、決まっていたお見合いが成立した(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)というだけのお話です」


「――……は????」


 ――話が、見えない。

 ――何を言っているの??
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