甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
「あ、あの、それは、まだ……言ってないんで……」

 目を見開いて硬直している私の背中に手を添えながら、美善さんは、気まずそうに増沢に言う。
 けれど、増沢は、あっさりと続けた。

「ああ、これは、大変失礼を致しました」

「……ち、ちょっと……増沢??」

「では、増沢はこれにて失礼いたしますね、お嬢様」

「ちょっと――!!!???」

 にこやかに去って行こうとする増沢を、私は必死で引き留める。


「待ちなさい、増沢‼全然話が見えない!!!」


 思わず叫んでしまい――また、広神さんに”壁ドン”されるかと思ったけれど、彼は、今仕事中だった。
 増沢は、眉を下げながらもうなづき、再び私達の前に戻って来る。

「――……美善さん、増沢、一体、どういうコトなの?」

 さすがに、私一人、かやの外は頭にくる。
 すると、美善さんは、心底気まずそうに、頭をかき――そして、告げた。


「――……あのな……二年前、立ち消えになったお前の見合いの相手、オレなんだよ……」


「……は……????」


 ――頭の中は、一気に真っ白。
 全身の力が抜け、ふらつきかけた私を、美善さんは簡単に抱き留め、そのまま床に座らせた。
 呆然と増沢を見上げれば、少しだけ眉を下げ、うなづいて返される。

「――増沢は、お嬢様のお見合い写真を拝見しております。日水様にお目にかかり、お名前をお聞きして、確信いたしました次第でございます」

 その言葉に、私は、パニック状態だ。

「え、で、でも、美善さん、何でそれ、言ってくれなかったの?!」

「あのなぁ……」

 彼は、気まずそうに頭をかき、私の目の前に腰を下ろすと、なだめるように続けた。

「お前、見合い写真、見て無ぇだろ」
「え、う、うん」
 パパが、私のためを思って、セッティングしてくれたんだ。
 会社の関係もあっただろうけれど――それは、娘として当然の事だと思ったから、特に何も考えてなかった。
 なら、別に、見なくても会えば良いだけのコト。

 ――私の理想の結婚ができれば、それで良かったから。

「……それが、立ち消えになって忘れた頃に、就職した先の直属の上司が、実は見合い相手でした、とか言い出してみろ。普通、引くだろ。――下手すれば、俺が変態扱いされるわ」

「……ま、まあ……うん……」

 さすがに、想像すると、うなづくしかない。

 ――でも。

 私は、美善さんを見上げて尋ねた。

「美善さんって……どこかのお坊ちゃんなの?」

 その見た目からは、想像もつかないけれど。
 でも、パパは、お願いしてセッティングしてもらった、って言ってた。
 ――その言い方なら、相手は、ウチの会社と同等以上のはず。
 すると、増沢が控え目に口を開く。
「お嬢様、詳しくは、増沢がご説明いたします」
「あ、いや、構いません」
 けれど、気まずそうに言う美善さんを見やり、増沢はうなづき、引き下がった。
 彼は、それにうなづき返し――少しの間、言葉を選んでいたようだけれど。
 意を決したように、私に視線を向け、口を開いた。


「――……オレの、父方の祖父が、”レオン薬品”の創業者なんだよ」



「――……え……」



 それは――……。

 ――その、会社の名前は。


 私は、勢いよく立ち上がる。


「増沢っ!――この人(・・・)を追い出して!!!」

「お嬢様」

「月見」

 私は、美善さんを、キッと睨みつける。

 ――同時に、涙が浮かんでくるが、構う事なく叫んだ。



ウチを乗っ取ったトコ(・・・・・・・・・・)の人間が――何で、今さら、私に近づくのよ!!!」



「月見!」


「気やすく呼ばないで!!!」


 私は、足元のクッションを、彼に投げつける。
 ――簡単に避けられるはずなのに、それは、彼の肩に命中した。
「お嬢様」
「増沢!早く!!!」
 半ばパニック状態の私をなだめるように、増沢は、両肩を押さえる。
「落ち着いてくださいませ、お嬢様」
「何をどうしたら、落ち着けるワケ⁉こんなコトになった元凶の人間なのに⁉」
「――それは」
「いや、良いんです」
 彼は、そう言って立ち上がると、玄関のドアを開ける。


「――……今は、無理だろうから。……話が聞けるようになるまで、待ってるさ」


「日水様」
「増沢さん、頼みました」
「――承知いたしました」
 出て行く彼に、増沢は、頭を下げる。
「増沢、そんな風にしなくても良い!」
「お嬢様」
 私は、閉じていくドアを見やると、唇を噛む。

 ――浮かんできた涙は、悔しいのか、悲しいのか、わからなかった――……。
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