Someday 〜未来で逢いましょう〜
「じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃーい。楽しんできて」
何十年かぶりに気合いの入ったお洒落をした自分に、違和感と恥ずかしさと新鮮さが入り混じり、知り合いに出くわしたくない気分だった。しかし、足は先を急ぐよう前に進む。
会場の白百合文化ホールの姿形が見えてくると、段々と胸は高鳴りだし、そこへ向かう人の数も徐々に増えてきた。
到着した会場の出入口には今回のツアーポスターが貼られ、ロビーにはアーティストやレコード会社、ラジオ局から贈られた色鮮やかなフラワースタンドが壁に沿って横一列に並び、ポスターや花と写真を撮るファン達やファン友同士であいさつを交わす者達で賑わっている。
ロビーの端の方ではグッズ販売も設置され、人集りができている。
美紗子は少し遠くからそれを覗き、少しずつ近寄っていく。
ペンライトやタオル、トートバッグ、CD、ファンの年齢層を考えたようなエプロンなどの実用的グッズもラインナップされている。
年齢層をきちんと捉えたグッズを興味津々に見入る。
美紗子は一番新しいCDを手に取る。
若い頃に比べ、渋さを増して大人の魅力がさらに溢れ出す翔太は、5年後に還暦とはとても思えない。
ジャケットに見惚れたまま自然にそのCDを手に会計へ進んだ。
ホールの重く厚い扉を開けると、懐かしい光景が目に飛び込んでくる。
目の前に拡がる舞台にセッティング済みの楽器、座席の勾配、ちらほら着席している観客。
全てが懐かしい。
胸の高鳴りと興奮で体の火照りを感じてくる。
最近の曲は全く知らないけどついていけるかな…昔の曲も歌ってくれるといいな…
美紗子はチケットに書かれている自分の座席列番を確認し、移動する途中、
「あれ…?美紗子?」
ふいに名前を呼ばれ、パッと顔を上げた。
「…由希?」
休み時間ごとに仲良しグループで集まっては、一緒に音楽雑誌や好きな芸能人の写真集を広げ、同じような話を飽きもせず何度も繰り返してはのぼせ上がっていたあの頃が美紗子の脳内で走り出した。
「由希??やだー!何年ぶり?!」
由希の手を取り互いにその場で飛び跳ねながら再会を喜んだ。
「懐かしい!元気だった?美紗子どうしてるんだろうってずっと思ってたんだよ」
20年以上ぶりだ。
由希が結婚するまでは、時々連絡を取っていた。
高校時代は由希と美紗子とあともう2人、奈津子と美加の4人でよくしゃべり遊んだ。卒業してから結婚するまでは、4人で集まったり、個別に会ったりと、交流は続いていた。
それが1人ずつ結婚、出産、子育て…と、少しずつ状況が変化していくにつれて会う機会は減り、身近な新しい環境での交流が増えていく。トップバッターで結婚した由希は、22歳と早めの結婚で子供もすぐに出来たため、周りは興味津々であったが、赤ちゃんがいる生活はそれまでのものと全く異なる。
美紗子も2番手に結婚をしたが、お互いに気を使っているうちにそれぞれの自由になる時間に差が生まれ、どんどんズレていった。
いつしか連絡は途絶えがちになり、音信不通になる子もいた。
会わなかった時間の中で、互いの環境の違いに温度差を感じたり、会っていなかったそれまでの空白の時間に価値観や好みの変化、気不味さを感じた結果、女性は結婚出産すると、友達を失くすという噂はあながち嘘ではないと感じる。
由希との思いがけない再会は、空白だった時間を一気に取り戻すかのように、高校時代へトリップした。
着席する観客がどんどん増えて、会場のざわめきが増してきた。
「美紗子、席どこ?」
美紗子の席は最後列の右側だった。
由希は、真ん中辺りを指差しで指し、
「私はあの辺り。終わったら、時間ある?よかったら話そうよ」
「そうだね。とりあえずまた後で」
美紗子は由希と一旦別れ、着席した。
最後列とはいえ、ステージははっきり見える。
入口で渡された翔太に関するチラシをペラペラめくり、じっくり見ようとした途端、会場内が暗転した。
キャアァァァ…
懐かしい喜声が、前から後ろへ連鎖するように押し寄せてくる。美紗子も最後列で思わずフワァッ!と発する。
ドラムスティックのカウントが、静寂の中で響く。
前奏が流れ始めたと同時に、ステージは眩しいほどに明転し、岩崎翔太が両手を上に掲げ手拍子しながらリズムを取り、観客を煽る。
観客は一気に三分の二以上立ち上がり、一緒に手拍子をしながら、思い思いに体を動かして躍り出す。
美紗子はいろんな懐かしさが一気に蘇り、一曲目から涙が溢れてきた。
円熟味を増す翔太は、55歳とは思えない。
気持ちの悪いいやらしさではない、自然な大人の色気を感じさせる。
翔太と同じくらいの世代であろう、自分の職場にいるオジ様達とはほど遠いダンディズムを感じる。
未だ昔と変わらない声質とキーに、美紗子は中学生の時と同じくらいの衝撃を受けた。
一曲目は美紗子がまだ聴いていた頃の曲…確か、5枚目のシングル曲だ。
ノリの良い爽やかな曲で、あれからほとんど聴き返してもいないのに、ちゃんと歌詞まで歌えている自分に感動する。
それから数曲、全盛期から美紗子がフェイドアウトする前…翔太が結婚発表した直後くらいまでのシングルやアルバム曲が続き、美紗子は夢中で一緒に歌い続けた。
途中に挟まれるMCも、落ち着いてゆっくりと語りかける口調で、客の笑いも誘い、引き込む話術を持つ。
数をこなしてきたゆえの経験値を感じた。
そこから中盤戦は美紗子が初めて聴く曲が続いた。
新しいアルバムの曲なのだろうか。
初めて聴くのに、なぜか懐かしさを錯覚させる曲調。
いい曲ばかりだ。帰ったら、歌詞カードを見ながらすぐに聴き直したい。というか、自分が聴いていないアルバムは何枚あるのだろう。後で由希に聞かなければ。
はやる気持ちがどんどん先へと進んで行く。
後半戦は知っている曲と知らない曲が混ざりながら、あっという間に時間は経ち、アンコールは一番売り上げがあったはずの代表曲を2曲。
美紗子の興奮は止まらなかった。
会場がこじんまりとして距離が縮まったように感じるからなのか、最後列なのに昔よりも近くてよく見えたと感じる。
なのに、もっと近くで見たい願望がふつふつと湧き、始まる前と違う感覚に襲われている自分を自覚した。
「美紗子!」と、手を振りながら近づいてくる由希の姿に我を取り戻した。
「行ってらっしゃーい。楽しんできて」
何十年かぶりに気合いの入ったお洒落をした自分に、違和感と恥ずかしさと新鮮さが入り混じり、知り合いに出くわしたくない気分だった。しかし、足は先を急ぐよう前に進む。
会場の白百合文化ホールの姿形が見えてくると、段々と胸は高鳴りだし、そこへ向かう人の数も徐々に増えてきた。
到着した会場の出入口には今回のツアーポスターが貼られ、ロビーにはアーティストやレコード会社、ラジオ局から贈られた色鮮やかなフラワースタンドが壁に沿って横一列に並び、ポスターや花と写真を撮るファン達やファン友同士であいさつを交わす者達で賑わっている。
ロビーの端の方ではグッズ販売も設置され、人集りができている。
美紗子は少し遠くからそれを覗き、少しずつ近寄っていく。
ペンライトやタオル、トートバッグ、CD、ファンの年齢層を考えたようなエプロンなどの実用的グッズもラインナップされている。
年齢層をきちんと捉えたグッズを興味津々に見入る。
美紗子は一番新しいCDを手に取る。
若い頃に比べ、渋さを増して大人の魅力がさらに溢れ出す翔太は、5年後に還暦とはとても思えない。
ジャケットに見惚れたまま自然にそのCDを手に会計へ進んだ。
ホールの重く厚い扉を開けると、懐かしい光景が目に飛び込んでくる。
目の前に拡がる舞台にセッティング済みの楽器、座席の勾配、ちらほら着席している観客。
全てが懐かしい。
胸の高鳴りと興奮で体の火照りを感じてくる。
最近の曲は全く知らないけどついていけるかな…昔の曲も歌ってくれるといいな…
美紗子はチケットに書かれている自分の座席列番を確認し、移動する途中、
「あれ…?美紗子?」
ふいに名前を呼ばれ、パッと顔を上げた。
「…由希?」
休み時間ごとに仲良しグループで集まっては、一緒に音楽雑誌や好きな芸能人の写真集を広げ、同じような話を飽きもせず何度も繰り返してはのぼせ上がっていたあの頃が美紗子の脳内で走り出した。
「由希??やだー!何年ぶり?!」
由希の手を取り互いにその場で飛び跳ねながら再会を喜んだ。
「懐かしい!元気だった?美紗子どうしてるんだろうってずっと思ってたんだよ」
20年以上ぶりだ。
由希が結婚するまでは、時々連絡を取っていた。
高校時代は由希と美紗子とあともう2人、奈津子と美加の4人でよくしゃべり遊んだ。卒業してから結婚するまでは、4人で集まったり、個別に会ったりと、交流は続いていた。
それが1人ずつ結婚、出産、子育て…と、少しずつ状況が変化していくにつれて会う機会は減り、身近な新しい環境での交流が増えていく。トップバッターで結婚した由希は、22歳と早めの結婚で子供もすぐに出来たため、周りは興味津々であったが、赤ちゃんがいる生活はそれまでのものと全く異なる。
美紗子も2番手に結婚をしたが、お互いに気を使っているうちにそれぞれの自由になる時間に差が生まれ、どんどんズレていった。
いつしか連絡は途絶えがちになり、音信不通になる子もいた。
会わなかった時間の中で、互いの環境の違いに温度差を感じたり、会っていなかったそれまでの空白の時間に価値観や好みの変化、気不味さを感じた結果、女性は結婚出産すると、友達を失くすという噂はあながち嘘ではないと感じる。
由希との思いがけない再会は、空白だった時間を一気に取り戻すかのように、高校時代へトリップした。
着席する観客がどんどん増えて、会場のざわめきが増してきた。
「美紗子、席どこ?」
美紗子の席は最後列の右側だった。
由希は、真ん中辺りを指差しで指し、
「私はあの辺り。終わったら、時間ある?よかったら話そうよ」
「そうだね。とりあえずまた後で」
美紗子は由希と一旦別れ、着席した。
最後列とはいえ、ステージははっきり見える。
入口で渡された翔太に関するチラシをペラペラめくり、じっくり見ようとした途端、会場内が暗転した。
キャアァァァ…
懐かしい喜声が、前から後ろへ連鎖するように押し寄せてくる。美紗子も最後列で思わずフワァッ!と発する。
ドラムスティックのカウントが、静寂の中で響く。
前奏が流れ始めたと同時に、ステージは眩しいほどに明転し、岩崎翔太が両手を上に掲げ手拍子しながらリズムを取り、観客を煽る。
観客は一気に三分の二以上立ち上がり、一緒に手拍子をしながら、思い思いに体を動かして躍り出す。
美紗子はいろんな懐かしさが一気に蘇り、一曲目から涙が溢れてきた。
円熟味を増す翔太は、55歳とは思えない。
気持ちの悪いいやらしさではない、自然な大人の色気を感じさせる。
翔太と同じくらいの世代であろう、自分の職場にいるオジ様達とはほど遠いダンディズムを感じる。
未だ昔と変わらない声質とキーに、美紗子は中学生の時と同じくらいの衝撃を受けた。
一曲目は美紗子がまだ聴いていた頃の曲…確か、5枚目のシングル曲だ。
ノリの良い爽やかな曲で、あれからほとんど聴き返してもいないのに、ちゃんと歌詞まで歌えている自分に感動する。
それから数曲、全盛期から美紗子がフェイドアウトする前…翔太が結婚発表した直後くらいまでのシングルやアルバム曲が続き、美紗子は夢中で一緒に歌い続けた。
途中に挟まれるMCも、落ち着いてゆっくりと語りかける口調で、客の笑いも誘い、引き込む話術を持つ。
数をこなしてきたゆえの経験値を感じた。
そこから中盤戦は美紗子が初めて聴く曲が続いた。
新しいアルバムの曲なのだろうか。
初めて聴くのに、なぜか懐かしさを錯覚させる曲調。
いい曲ばかりだ。帰ったら、歌詞カードを見ながらすぐに聴き直したい。というか、自分が聴いていないアルバムは何枚あるのだろう。後で由希に聞かなければ。
はやる気持ちがどんどん先へと進んで行く。
後半戦は知っている曲と知らない曲が混ざりながら、あっという間に時間は経ち、アンコールは一番売り上げがあったはずの代表曲を2曲。
美紗子の興奮は止まらなかった。
会場がこじんまりとして距離が縮まったように感じるからなのか、最後列なのに昔よりも近くてよく見えたと感じる。
なのに、もっと近くで見たい願望がふつふつと湧き、始まる前と違う感覚に襲われている自分を自覚した。
「美紗子!」と、手を振りながら近づいてくる由希の姿に我を取り戻した。