婚約破棄された聖女候補ですが、天才魔術師と新作魔術を開発したら国中から評価されて、元婚約者が泣きついてきました

本編


 ――『聖女』らしくあれ、と誰もが言う。

 清らかに、慎ましく、すべてを受け入れ癒しをもたらす存在。それが『聖女』のあるべき姿だと、セリアは幼い頃から教えられてきた。
 そして、王国中央魔法学園。
 聖女候補の育成を担うこの学園で、彼女は毎日を律義に、ひたむきに生きていた。
 けれど、それが『面白くない』と思われていることに、セリア自身、気づいていないわけではなかった。

 聖堂区画の中庭。柔らかな朝日が、魔石を埋め込まれた花壇を照らしていた。澄んだ空気に朝露が光り、草花たちは小さく揺れている。
 この場所は、聖女候補と王太子の公的な交流の場として設けられたものなのだが、最近、この時間は義務的なものになりつつあった。

「おはようございます、テオ様」

 セリア・フィリシアは深く頭を下げる。
 白銀の髪が風にふわりと舞い、聖女候補の証である蒼のローブが凛と揺れ、彼女は、朝露で少し濡れた石畳に立つ足元を見つめながら、無意識に息を整えていた。
 どれだけ丁寧に接しても、最近のテオの態度はどこかよそよそしい。それでも彼は王太子であり、自身の婚約者なのだ。
だからこそ、セリアは誠意を欠かすことができなかった。

「おはよう、セリア」

 数歩離れた場所から返ってきた声は、確かに優しげだった。だが、その声音にはどこか上滑りするような薄さがあり――かつて自分を見つめてくれた、あの穏やかな温もりは感じられない。

「最近、君は図書室ばかりだね」

 彼はふと、魔石の花壇に目を向ける。何気ない会話のように聞こえたが、その実、どこか探るような響きがあった。

「そんなに勉強漬けじゃ、退屈にならないかい?」

 一瞬、セリアは返事に詰まった。

 ――退屈。

 それは、最近彼の口から何度か漏れた言葉だった。

(……そんなの、今更よ)
「選抜まで日がありませんから。少しでも、準備を進めておきたくて……」

 そのような感情を持っていたなんて、目の前の人に知られたくない――ようやく返した声は落ち着いていたが、内心ではわずかな焦燥が渦巻いていた。
 努力をしているはずなのに、それを見てくれない。なぜか『距離』があり、理由はわからない。

「君は十分真面目だよ」

 テオは口元に笑みを浮かべるが、その目は笑っていなかった。

「ただ、もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないかな。王家に嫁ぐのなら、堅苦しさより柔らかさも必要だ」

 彼の言葉は、優しさに包まれているようでいて、どこか冷たい。
 まるで、君はもう少し愛想があれば良かったのに――そのように言っているように感じてしまった。

 セリアは、俯きかけた顔を静かに持ち上げた。
 蒼い瞳がまっすぐに彼を見つめる。
「……私は、王太子殿下に恥じない聖女でありたいと思っています。それが、私にできる精一杯ですから」

 控えめながらも強い意志を込めて、彼女は答える。
 すると、テオはほんの少しだけ視線をそらして言った。

「……そうか」

 その一言には、どこか打ち切るような響きがあった。
 セリアの胸の奥に、じわりと鈍い痛みが広がっていく。言葉にされなくともわかってしまった――彼の視線は、もう自分を見ていない。
 何か別のもの――誰か別の人を見つめているのだと。
 それでも、セリアは背筋を伸ばしたまま微笑みを崩さなかった。
 聖女であること。選ばれた立場であること。それを、今だけは守りたかった。
 

    ▽


 昼、図書室。高い天井と魔導照明の下で、セリアは黙々と魔術式の連結計算に没頭していた。
 『癒し』と『光』の魔術をどう組み合わせれば、より安定した聖属性の補助術式が完成するか。その思考はいつも、堂々巡りに陥る。

「式展開が安定しない……魔力出力は間違ってないはずなのに」

 机の上に広げられた魔術論文と魔力回路図。
 難解な数式に囲まれながら、ため息をついたその時だった。

「――式の接続点が間違ってる。君の癖、また出てるぞ」

 静かな声が突然降ってきた。
 顔を上げれば、向かいの席に座っていたユリウス・グランヴァリウスが、本から目を離さずに言った。

「……また同じ席ですね」
「俺が先に座ってた。君が勝手に来たんだ」
「いつも、同じ時間に同じ場所ですから」

 皮肉げに言うセリアに、ユリウスは口元だけで笑った。
 学園の主席であり、攻撃魔術の天才。
 冷たく孤高と称される――セリアとは、いつも何かと衝突していた。

「式、直してみるか?」

 ユリウスは手を伸ばし、セリアのノートを指先でとん、と示した。

「ここ。出力→維持じゃなく、同期→補助→回復の順にすればいい。君の魔力構成なら、それが一番早く安定する」
「……ありがとう。あなたに教えられる日が来るとは思っていませんでした」
「君の方が、理論には向いてる。でも、思い込みが強すぎる」
「……そうかもしれません」

 それきり、二人の会話は途切れた。
 けれど、静けさの中にあるその空気は、どこか居心地がよかった。
 セリアは、ふと視線を上げてユリウスを見る。
 彼はやはり、自分の式ノートをじっと見つめていた。

(この人、どうして私のこと……)

 理由はわからない。でも――彼の視線だけは、今もまっすぐに自分を見ていた。


   ▽


 聖女選抜試験まで、残りわずか――セリアは、誰よりも真剣に取り組んでいた。
 講義、魔術実技、個人研究。図書室にいる時間は学園でも群を抜いており、魔導理論書には付箋と書き込みがびっしりだ。

(落ち着いて……もっと丁寧に式を組み立てる……大丈夫、私には、まだできることがある)

 自分を励まし、静かに本のページをめくる。
 だが――最近、ページのめくる音がやけに大きく聞こえる。
 それは、自分のまわりに人がいなくなったからだった。

「……ねえ、あれって王太子殿下の婚約者よね?」
「ほんとに? リリーナ様の方が、ずっと似合ってるのに……」

 セリアが通ると、誰かが囁く。
 その視線は明らかに冷ややかで、好奇心と嘲りが混ざっていた。少し前までは、そんなことはなかった。

(……いつからだろう)

 リリーナ・ベルナール。新興貴族出身の少女で、鮮やかな金髪と華やかな笑顔を持つ。明るく、誰にでも気さくで、要領がよい――その愛想と美貌で、テオの隣を当たり前のように歩くようになっていた。
 それでもセリアは、表面上は何も変えず、いつも通りにふるまおうと努めていた。
 信じたかった。まだ、自分は王太子の『婚約者』であり、役目を果たしているのだと。

 だが、その幻想はあまりにあっけなく、砕かれた。

 午後、講義の終わりに突然、王室からの呼び出しを受けた。
 出迎えに立っていたのは、他ならぬ王太子――テオ・アルセイン本人だった。
 彼の表情は無機質で、まるでこれから面倒ごとを片付ける、そのような冷たさすらあった。
 人気のない聖堂回廊。魔術によって音が届かないよう結界が張られ、二人だけの空間。
 セリアはいつも通り、深く頭を下げた。

「お呼びとのことですが、殿下……」
「セリア、話がある」

 テオは短く言い、壁際のステンドグラスに視線を逸らした。
 彩光が差し込む中で、彼の言葉はあまりに唐突だった。

「――婚約を、解消したい」
「は?今、なんと?」

 思わず漏れた声が震える。だがテオは、何の躊躇いも見せずに続けた。

「君は……真面目で、努力家で、優秀だよ。だけど最近、正直……一緒にいて疲れる」

 まるで、授業の評価でもしているような淡々とした口ぶりだった。

「『聖女』って、もう少しこう……癒しとか、包容力とか、そういう……温かみがあるものだと思っていたんだ。でも君は、いつも固くて、笑わなくて……まるで機械のようだ」
「……っ」

 言葉を飲み込む。言い返そうとすれば、何かが壊れてしまいそうだった。
 だがテオは追い打ちをかけるように続ける。

「最近ね、リリーナと過ごす時間が多いんだ。彼女は誰にでも笑顔で接してくれるし、聖女としての素質も十分にある。君よりも、ずっと人の心に寄り添える」
「……それで、私は……役目を果たしていないと?」
「いや、責めてるわけじゃない。君なりに頑張ったと思うよ? でも『それだけ』だったって話」

 淡々と、酷薄に。まるで古くなった道具を取り替えるように。
 同時に、馬鹿にされているように感じられた。
 セリアは、唇をきつく噛んだ。痛みで我に返る。目の前の男が、かつて優しい言葉をかけてくれた婚約者とは思えなかった。

「――承知しました。私からの申し出でない以上、王家の正式な決定として記録に残してください」
「うん、手配しておくよ」

 テオは、まるで安堵したように微笑んだ。その顔に罪悪感はない――それが、いっそうセリアの胸を締めつけた。


    ▽


 ――翌朝。
 まだ空も薄く白んでいる時間、学園の図書室に人影はなかった。
 夜が明けきる前のこの静けさだけが、セリアの唯一の逃げ場だった。
 彼女は、壁際のいつもの机に身を預け、静かに魔術書を開く。だが、指はページの端をめくることなく止まっている。
 目元には、かすかな腫れ。瞼は重く、微かに赤い。きちんと整えた制服の袖口には、昨日握りしめた跡がしわになって残っていた。
 涙は流さなかった。
 けれど、眠れなかった。息をしているだけで、胸が締めつけられるようだった。

 その時、扉の軋む音もなく、足音だけがふわりと近づく。

 気配に気づいて顔を上げると、そこにいたのは――ユリウス・グランヴァリウスだった。
 いつもの無表情な顔。そのはずだった。
 けれど、今朝のユリウスの目は、ほんの少しだけ、揺れていた。

「そんな顔をしてまで、ここに来るなんて。お前、真面目すぎるぞ?」

 淡々とした声。けれどその口調は、なぜかどこか優しい。
 セリアは何も言えず、ただ彼を見つめ返すだけだった。
 ユリウスは、ゆっくりと彼女の向かいの席に腰を下ろした。
 机越しの距離が、今は妙に近く感じた。

「……君は、黙って耐えることに慣れすぎている。そうやって何も言わずに、何も頼らずに、ただ我慢して……そんなの、見ていられないだろ」

 セリアは、言葉を失った。
 この数日、誰からもかけられなかった言葉だった。
 痛みも、孤独も、誤解される悔しさも――全部、自分で抱えていた。
 ふと、ユリウスの手が動いた。
 彼は何も言わず、自分の懐から小さな布を取り出して、机の上にそっと置いた。

「……目、赤い。冷やせ。魔石入りだ」

 差し出された布は、氷の魔力がほんのり染み込んだ冷却布だった。
 気遣うように見えない彼の仕草は、だからこそ余計に胸に染みた。
 セリアは、それを受け取る手が小さく震えていることに気づいた。

「……どうして……そんなふうに、してくれるのですか」

 問いかけた声は、かすかに震えていた。けれど、拒むものではなかった。
 ユリウスは、少し目を逸らしながら、ぽつりと答えた。

「……昔、一度だけ、君に救われたことがある」

 その言葉に、セリアは目を見開く。けれど彼はそれ以上、何も言わない。
 ただ、静かに魔術書を開いて、いつものように図書室にいるような顔をしていた。
 それでも、十分だった。
 この朝、誰もが背を向けた中で――彼だけが、そばにいてくれた。
 セリアの胸に、言葉にならない温かさが、そっと灯った。

 午後の講義が終わり、陽が傾きはじめた学園の中庭を抜けて、セリアは自然と図書室へと足を運んでいた。
 今ではもう、その場所が彼女にとっての“日常”になりつつあった。
 そしてそこには、もう見慣れた光景があった。
 いつもの机に、既にユリウスが座っている。無言のまま、魔導書を開き、冷たい横顔でページをめくっている。
だがその姿が、今のセリアには不思議と安心を与えるものになっていた。

「……遅かったな」

 彼が、ページから目を離さぬまま言い、そして挨拶より先にそれが来るのも、もう慣れてしまっていた。

「今日は、講義室で寝てたと聞いたけど?」
「……私が寝ると、誰が言ったの?」
「図書館司書が『あの子が本を枕にしてるなんて珍しいですね』って」

 言われた瞬間、セリアは思わず顔を赤らめた。恥ずかしさに目を伏せながら、くすりと小さな笑いが漏れる。

「……そんなところを見られていたとは……最悪です」
「いや、案外似合ってた」

 ふいに、ユリウスがそんなことを言う。
 その声音に、いつもの皮肉交じりの尖りはなかった。

「そういう、隙がある方がいい。君、力入れすぎてる」

 何気なく言われた一言だったが、それは今のセリアにとって、深く胸にしみる言葉だった。
 彼女が席に着き、自分のノートを開いた瞬間、ユリウスの視線がそちらに移った。

「この式……また再構成を試してるのか」
「ええ。でも……補助魔法と干渉してしまって。出力が、安定しないの」
「見せてみろ」

 彼は立ち上がることもなく、長い腕を伸ばしてセリアのノートを手元に引き寄せる。
 整然と並んだ式展開、そして修正の跡。彼は目を走らせながら、すぐに顔をしかめた。

「やっぱり……構成魔力が重複してる。『展開式』でやってる限り、癒し……聖魔法と補助がぶつかるのは当然だ」

 そう言って、ユリウスは自分のノートを開いた。
 中には、彼自身が書いた新しい魔術式が記されていた。線は正確で、緻密な演算がなされたその構造は、ひと目で只者ではないとわかるほどに完成度が高かった。

「これは……」
「実験中の魔術式だ。聖魔法と攻撃魔法の両立を前提にしてる」
「……聖魔法と攻撃魔法の融合? それって確か……理論上では不可能とされてきた領域」
「『従来の理論』ならな。でも、君が昔書いた『共鳴補助術式』――あれを応用すれば、可能性はある。俺はそれを基に再構成してる」

 セリアの息が止まりかけた。
 あの研究は、かつて誰にも理解されず、評価もされなかった。それを、彼が――ユリウスが、覚えていた。

「……どうして、そんなことを」
「君は、本当にとてもいいものを書く……しかし、それを誰も評価しないが、俺は君を評価している。素敵だった」
「……」

 言葉が、胸に刺さった。
 涙が出そうだった。でも、ここで泣いたら負けだと思って、セリアは笑みを作って見せた。

「見せてもらえますか? その理論。私、すごく興味があります」
「最初からそのつもりでノート開いた」

 そこからの時間は、本当にあっという間だった。

 二人は並んで座り、数式をめくり、意見を交わし、次々と仮説を組み立てていった。
 それはまるで、音楽を奏でるように――互いの言葉が、理論が、自然と交わり合っていく感覚。

「……ここの回路、再帰処理にしたらどうでしょう?」
「その分、展開速度が落ちる……だが、『並列処理』ならいける。君の魔力量なら、同時展開が可能だ」
「並列処理……!? それ、本当に?」
「試す価値はある。君の構成魔力は、他の誰とも違う」

 いつの間にか、夕方になっていた。
 図書室に灯るランプの明かりが、二人の机をほんのり照らしている。
 セリアは、そっとペンを置いた。
 そして、心の奥から滲み出た言葉を、そっと口にした。

「……ありがとう、ユリウス」
「……何に対して?」
「こうして、一緒に考えてくれて……こんなに魔術が楽しいと思ったの、初めてです」

 その言葉を聞いたユリウスは、ほんの少しだけ表情を崩した。

「君が、『聖女候補』って呼ばれて、孤立してるのを見ていた。それに周りにどう思われても、君はずっと黙って努力を続けていた……だけど、誰にも頼らなかった。強がってるだけに見えた」
「……」
「俺は、君みたいな奴が、損するのが嫌いだ。もっと誰かに見てもらうべきだ。君は、それに値する人間だと思う」

 セリアは、それ以上何も言えなかった。
 ただ静かに、彼の言葉の重みを、心に刻んでいた。
 孤独と誇りで固めた殻が、静かに解けていくのを感じた。

 ――この人となら、何かを変えられるかもしれないと、セリアは初めて思った。


     ▽


 魔術理論の共同研究が始まってから、もうすぐ二週間が経とうとしていた。
 セリアにとってそれは、静かで穏やかで、けれど確かに心が動く時間だった。
 ユリウスと並んでノートを広げ、数式を描き、術式を組み上げていく。
 それはまるで、目に見えない糸を少しずつ編み込んでいくような、不思議な連帯感があった。
 彼は無愛想で、口数も多くはない。けれど、セリアが詰まった箇所にはすぐ気づき、無言で式の解き方を指し示してくれる。
 その沈黙の中にある静かな信頼が、セリアにはとても心地よかった。

 ──けれど、外の空気は冷たいままだった。

「ねえ、見た? セリアさん、またユリウス様と一緒にいたわよ」
「うわぁ……ほんと、切り替え早いっていうか、見苦しいよね。前は王太子で、今度は主席?」
「まさか、実験の名目で押しかけてるだけだったりして……」

 背後から届く声に、セリアはただ歩調を崩さぬようにするだけだった。

(もう慣れた。……慣れたはず)

 けれど、心の奥では、やはり小さな棘のように刺さっていた。

 そんなある日。
 書架で古い術式の記録を探していたセリアに、声がかかった。

「まぁ……セリアさん?」

 その甘い声に、セリアの背筋がわずかに緊張する。
 振り返ると、そこに立っていたのは――リリーナ・ベルナールだった。
 金糸の髪を揺らし、柔らかな笑みを浮かべている。けれどその笑顔の裏に潜むものを、セリアは既に知っていた。

「こんなところで研究熱心ですね。さすが、元・聖女候補様」
「……リリーナさん」
「最近、ユリウス様ととても仲がよろしいようで。おふたり、何をお話しされてるんですか?」
「魔術式の検証です。次回の創造魔術試験に向けて……」
「そうですか。まあ、彼のような方と組めるなんて、光栄なことですよね」

 笑顔のまま、リリーナは一歩、近づいてきた。

「でも……ひとつ、忠告しておきますね?」

 声のトーンがわずかに下がる。

「誰かに縋るしかない人って、周囲からも軽く見られますよ? 特に、過去に大切な人を失った女性が、誰かにすがっている姿って……なんというか、見ていてちょっと、痛々しいというか……」

 セリアの手が、無意識に拳を握っていた。

(あなたには、わからない……)

「失礼します。書架が塞がっているようですので、通してください」

 静かに、しかし凛とした口調で返すと、セリアはリリーナの横をすり抜けた。

 夕刻、図書室。

「今日は……少し遅かったな」

 ユリウスは、先に席についていた。いつものようにノートを広げていたが、顔を上げたとき、セリアの表情に何かを察したらしい。

「……何かあったか?」
「少し……嫌な言葉を投げられました。リリーナさんから」

 そう口にすると、ユリウスの顔がわずかに険しくなった。

「内容は?」
「私が、誰かに縋るだけの人間に見えると、言われました」

 ユリウスは、数秒黙したあと、静かに言った。

「……くだらない」
「でも、私は……ユリウスに、頼ってばかりかもしれません」

 残念そうな顔をしながらそのように呟くセリアの姿を見ると、彼ははっきりと、まっすぐに言葉を返してきた。

「いいか、セリア。人に頼るのは、甘えじゃない。君は誰よりも努力して、自分で立って、それでも自分の限界を認めて、誰かと向き合ってる。そんなもの、『弱さ』とは呼ばない」
「……ユリウス」
「君が俺に頼ってくれてるなら、それは……正直、うれしい」

 セリアの胸に、熱いものが込み上げる。
 言葉が、息が、どこかに引っかかる。
 そして彼は、ゆっくりと視線を下ろしたまま、言った。

「……セリア」

 ――呼び捨て。
 その響きに、彼の真剣な思いが込められているのが、痛いほど伝わった。

「今はまだ……研究の途中だ。でも、この成果が完成したとき、君と並んで発表したい。そう思ってる」
「……!」
「俺は……君と一緒に未来を考えたいと思ってる……それくらい、本気だ」

 その言葉に、セリアの目が見開かれる。
 声が出ない。頷くことすら難しいほど、胸がいっぱいだった。

 ――その瞬間。

 図書室の扉が突然開かれ、いつも静謐に包まれていた空間が、足音とともにざわついた。
 思わずふたりが顔を上げると、図書室の管理官のひとりが慌てた様子で駆け寄ってくる。両手に抱えた書類が揺れていた。
 二人にとって、目の前の人物は信頼できる相手でもある。
 そんな彼が、何故慌てているのか、理解出来なかった。

「し、失礼しますっ! 創造魔術試験の形式に急な変更がありまして……!」
「……変更?」

 ユリウスが短く問い返す。

「はい! 次回の試験、今年から『個人評価』ではなく、『ペアでの共同研究発表』に変更されたとのことです!そして……その……お二人のお名前が、すでに正式に提出されております……!」
「俺たちの名前?」

 セリアも、驚いて管理官に視線を向けた。
 管理官は息を整えながら、説明を続けた。

「……実は、魔導理論部の教授陣が、先月から図書室で並んで研究を続けているふたりに注目していたそうでして……『融合魔術の応用可能性』というテーマで前例のない試みをしているとの報告が何件も上がっていました」
「……誰か、見てたのね」

 セリアは驚きつつも、小さく呟いた。

「『成果に見合う舞台を用意すべきだ』という教授会の判断で、形式変更と同時にペア指定まで……。お二人の実績を見て、自然な流れだと受け取られています」

 しばしの沈黙が落ちた。
 ユリウスは、ふっと息を吐くと、セリアの方へ静かに顔を向ける。

「……やっと、肩を並べて立てる。周囲に認めさせる必要もないくらい、君と並んで正面に立てる」

 その言葉に、セリアの胸がじんと熱くなった。

 今までの研究は、ただふたりだけの小さな実験だった。
 けれど、それを誰かが『見ていた』。努力は伝わり、認められ、試験という舞台を用意された――それは、ただの幸運ではない。
 セリアの中に、揺るがぬ確信が芽生えた。

「……ユリウス」

 彼の名を呼ぶ声は、かすかに震えていたが、しっかりと前を向いていた。

「私たちの研究を、『証明』できる場所がもらえたのなら……絶対に、形にしましょう」
「……ああ。誰にも否定させない。君の研究も、想いも」

 夕陽が図書室の窓から差し込み、金色の光がふたりの机を照らしていた。
 机の上には、数え切れない数式と、未来の可能性が描かれたノート。
 その傍らに並ぶふたりの影は、もう孤独ではなかった。

 ――選ばれたのではない。選ばれるだけのことを、自分たちがやってきたのだ。

 そのことが、何よりも誇らしかった。


   ▽


 創造魔術公開試験――その日、王国中央魔法学園の講堂は、いつにも増して喧騒と熱気に包まれていた。
 天井まで届くガラスのドームに、光属性の魔石が埋め込まれ、朝の陽光が七色に反射して差し込んでいる。
 講堂中央には、防護結界に包まれた実演台。そしてその周囲には、各家の貴族、高位魔導士、王国関係者――と並んで、華やかな衣装を身にまとった生徒たちが整然と着席していた。

 その日、最大の注目を集めていたペアは――セリア・エステラ・フィリシアと、ユリウス・グランヴァリウス。

 だが、セリアの手は、控え室で微かに震えていた。

「……大丈夫か?」

 隣で控えるユリウスが、いつものように落ち着いた声で尋ねる。

「……はい。平気、です……でも、少しだけ……怖いかも、しれません」

 セリアは正直に答えた。
 この数ヶ月、ユリウスと並んで研究し、実験し、失敗を重ね、それでも前に進んできた。
 けれど、それを『世界に見せる』という行為は、やはり重圧だった。
 特に、そこには『彼』もいるのだから。

 テオ・アルセイン――かつての婚約者。
 今はリリーナ・ベルナールと組んで、別のペアとして同じ舞台に立とうとしている。
 テオの視線が、時折こちらを意識するように送られてくるのを、セリアは何度も感じていた。

「セリア」

 ユリウスが不意に、彼女の名前を呼ぶ。
 彼は視線を合わせ、ためらうことなく手を差し出した。

「立つ場所を選んだのは君だ。ここに立つ権利がある。なら、堂々と行こう。俺と君でやってきたことが、すべてだ」

 セリアは、一瞬ためらい――けれど、ゆっくりとその手を取った。
 その手は確かにあたたかく、どこか力強くも感じられた。
 彼の言葉が、胸に深く染み込んでいく。

(そうだ。私はもう、逃げない……自分を否定していた私じゃない)

 そして二人は、光の降り注ぐ舞台へと足を踏み出した。

 アナウンスが響き渡る。

『次の発表は、セリア・エステラ・フィリシア、ユリウス・グランヴァリウス両名による共同研究、『融合魔術『再結晶式』』の実演および構造解析になります』

 場内が、ざわめいた。

「セリアって……あの王太子に捨てられた聖女候補の……?」
「ユリウス様が、まさかあんな地味な子とペアを組むなんて……」
「でも、発表内容が……『癒しの魔法と攻撃魔法の融合』って、前例ないわよ? 本気なの?」

 だがセリアは、耳に届くすべての声を払いのけ、歩いた。
 防護結界の中に立ち、ユリウスと隣に並ぶ。
 彼女の足取りは、もう震えていなかった。

 セリアが、発表の口火を切る。

「私たちは、癒しの魔法と攻撃魔法――すなわち『防御』と『制圧』という相反する二種の魔術を、ひとつの系統に統合する試みを行いました。この理論は、互いの魔力構造に干渉性があることを前提とし、『補助演算』と『中継回路』によって両者の重ね掛けを可能にしています」

 淡々と、しかしその声には揺るぎがなかった。
 次いで、ユリウスが技術的解析と展開理論を補足し、そして、動く。

「では、実演を行います」

 ――空気が変わった。

 彼の手から展開されるのは、『衝撃型圧縮雷魔術』。
威力と精度に優れた実戦型の攻撃魔術。
 そこにセリアの癒しの聖魔法が、静かに織り交ぜられていく。
 本来なら、癒しと攻撃の魔力は干渉し合い、暴走か拒絶反応を起こす。
 けれど二人の魔術は、同時に発動し、互いに軌道を補完し、速度と強度を保持したまま、融合していく。
 それは――『攻撃が終わる前に、次の一撃に回復支援が乗っている』と言うような構造。
 しかも、癒し魔術の余剰魔力が『加護』として攻撃属性に転化され、次弾の威力をさらに高めていた。

「……なに、あれ……!?」
「癒し魔術が攻撃の『土台』になってる……!魔力の再利用……いえ、連動処理……!?」
「すごい……術式が『生きてる』みたい……」

 場内のざわめきが、震えるように広がる。
 そしてそれを、舞台袖で見ていたテオとリリーナも、目の前の光景に言葉を失っていた。

「……セリアが、こんな……」

 かつての婚約者の姿を、テオは初めてただの『飾り』ではない存在だと理解する。
 それは、自分がかつて否定し、捨てた存在だった。
 やがて、魔術の展開が終わると、セリアとユリウスは深く頭を下げ、結界の外へと戻っていった。
 大きな、そして長く続く拍手が会場を包んだ。

 舞台裏、セリアは静かに息をついた。

「……終わった、ね」
「ああ」

 ユリウスの声も、どこか安堵を含んでいた。

「私、やっと……誰かに見てもらえた気がします」
「それは、君が見せたからだ。君自身で掴んだんだよ、セリア」

 その言葉に、セリアは、ふっと笑みを浮かべた。

 
   ▽


 夕刻の講堂は、再び荘厳な静寂に包まれていた。
 高天井に吊るされた魔導灯が柔らかく光を放ち、緋色の絨毯の上には、魔術省の高官や学園の教授陣がずらりと並ぶ。
 生徒たちは整然と座り、誰もが固唾を呑んで次の瞬間を待っていた。

 セリアは、ユリウスの隣でそっと息を整えた。

 手のひらには、まだ微かに緊張が残っていたが、それは『恐れ』ではない。
 数ヶ月の研究と、発表の成功。
そして、何よりユリウスと歩んできた日々が、確かな自信に変わっていた。

 教師の一人が壇上に立ち、式次第の巻物を広げる。
 場内が静まり返る中、彼は厳かに宣言した。

「本年度の創造魔術公開試験――最優秀評価に選ばれたのは……」

 一拍、間が空く。
 セリアの胸が、どくんと音を立てる。

「グランヴァリウス=セリアペア。提出された融合魔術『再結晶式』は、理論・構成・実演のすべてにおいて前例なき完成度と革新性を備えており、学術的価値も極めて高いと認められました」

 その瞬間、講堂中に歓声と拍手が湧き上がった。

 セリアは、瞬きをした。
 言葉が、すぐには出てこなかった。
 けれど、ゆっくりと胸の内に広がっていく熱が――何よりも雄弁だった。

 

(……やった!認められた!勝ったんだ!自分に!)

 心の中で拳を握りしめ、喜ぶ姿を見ている人たちは誰もいない。
 嬉しさを抑えながら、毅然とした顔を見せている彼女の視線は自然と――テオ・アルセイン王太子を探していた。
 彼は貴族席に座ったまま、口を固く閉ざし、まるで何かを見失ったような目をしていた。
 リリーナもまた、青ざめた顔で俯いている。

 その視線の交差。
 テオが立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩み寄る。
 場内が再びざわめきに包まれる。

「……セリア」

 かつては、誇り高く、冷たく見下ろす声だった。
 だが今、その声には不安と後悔、そして焦りが混じっていた。

「君があのような魔術を構築できるとは……正直、思っていなかった……いや、あの時、僕は、君の可能性を見誤っていたんだ」

 口元がわずかに歪む。

「だから……もし君が望むなら、やり直せると思っている。僕と君で……もう一度――」

 観客席の空気が微かにざわめく。
 だが、セリアはすでに、冷静にその言葉を断ち切る準備をしていた。

「……遅すぎました、テオ様」

 その一言で、テオの顔が固まる。

「私は、あの日、あなたに見捨てられたことで、目を覚ましました。誰かの後ろで評価を待つ生き方では、何も変えられないと知ったから」

 そして、視線を舞台袖のとある一点に向ける。

「いま、私の隣に立ってくれている人は――見下さず、奪わず、嘲らず、ただ信じて、支えてくれた人です」

 ユリウスの名は出していない。けれど、それで十分だった。
 テオの顔から血の気が引き、歯を食いしばる音すら聞こえそうだった。

 その時、もう一人の声が聞こえる。

「ふ、ふん!元、聖女候補のくせに、随分と立派なことを言うのね?」

 割って入るように、リリーナが立ち上がった。

「あなた一人じゃ何もできなかったくせに!ユリウス様にすがって手柄を取っただけじゃないの?」

 その叫びは、どこか必死で、苛立ちが滲んでいた。
 だが、セリアは微笑さえせず、ただ静かに言葉を返した。

「それなら、なぜあなたは彼と組めなかったのでしょう?」

 リリーナの顔が引きつる。会場が再びざわめいた。

「私は、『力』だけでなく、『意志』と『努力』で信頼を得ました。あなたのように、誰かの隣に立つために媚びる必要はなかった」
「な、何よ……! 私は、王太子妃に――!」

「――その『王太子』も、私ではなく、あなたを選びました」

 そこに一瞬、セリアは静かに微笑む。だが、それは『慈悲』ではなかった。

「ですから、どうか。お二人で、お互いに見誤った未来を、仲良くやり直されるといいわ」

 その場にいた誰もが、口を挟めなかった。

 セリアの言葉は、過去の痛みを昇華し、未来を手にした者だけが持つ、確かな強さを帯びていた。
 テオは、拳を握ったまま何も言えず、リリーナは唇を噛みしめて視線を逸らした。
 二人はそのまま、まるで逃げるように貴族席へと戻っていく。

 そして、セリアは静かにユリウスの元へ戻った。
 舞台の中央、彼の隣に立ち、言葉はなくとも互いに頷き合う。
 誰よりも誇らしく、誰よりも美しく。

 ユリウスは彼女の隣に立ったまま、まっすぐ彼女だけを見ていた。

「セリア」

 静かな呼び声に、彼女は小さく頷く。

「俺は君の才能に惹かれた。だがそれだけじゃない。努力を続けて、諦めなかった君を、尊敬している。だから、これからも――隣にいたい」

 セリアは、ほっと笑った。

「……私も。あなたとなら、これからも歩いていけると思う……誰かに決められるのではなく、私が『選ぶ』未来を」

 拍手が再び起こる中、セリアとユリウスは並んでステージを下りた。

 王太子とその新たな婚約者は、もう誰の視線も集めていなかった。
 世界が彼らを見限ったのではない。
 セリア自身が、彼らの上を通り越して――『光』の場所にたどり着いたのだった。


    ▽


 王都の西、緑豊かな丘の上に建てられた白い研究棟。
 その裏手にある小さな中庭では、穏やかな陽光の中、セリアがベンチに腰かけて本を読んでいた。

 膝の上には分厚い研究資料。だがその動きはどこかゆっくりで、時折、そっとお腹に手を添えるような仕草が混じる。
 淡く膨らんだ腹部を包むように、春色のドレスが風に揺れていた。

 ――彼女は今、母になろうとしていた。

「そろそろ休め。椅子の角、腰に響くだろ」

 声とともに現れたのは、ユリウス。
 やわらかい布のひざ掛けを手に、自然な動作でセリアの足元に広げる。

「……少しだけ、見直したかったの。昨日の資料の補正点」
「君は昔からそうだな。止めないと、本当に止まらない」

 苦笑まじりにそう言って、ユリウスはセリアの隣に座る。
 彼の左手には、金と銀の細工が美しい結婚指輪が光っていた。
 それとお揃いの指輪が、セリアの右手にも、やわらかな日差しを受けて輝いている。

 結婚して一年。
 『再結晶式』の完成と同時に正式に夫婦となったふたりは、今も王国の融合理術研究所で共同研究を続けている。

 だが、セリアにとって“いま”という時間は、それ以上に特別だった。

「……動いた」

 ぽつりと、セリアが言った。

「え?」
「ほら、触れてみて」

 彼女がユリウスの手をお腹に誘導すると、ふわりと、内側から小さな“命”の気配が伝わってくる。
 ユリウスは、目を見開き――そして、ぎこちない笑みを浮かべた。

「……すごいな……本当に、ここにいるんだな」
「うん……わたしたちの、新しい『未来』が」

 春風が、ふたりの間をやさしく吹き抜ける。
 かつて孤独だった少女も、冷徹に見られていた青年も、今はただひとつの家庭を築きつつある夫婦であり――親になろうとしていた。

「ねぇ、ユリウス。名前、どうする?」
「性別もわからないうちからか?」
「いいじゃない。想像するのも、幸せだから」

 ユリウスは少し考えるふりをして、やがて肩をすくめるようにして答えた。

「……じゃあ、もし女の子だったら『セリア』ってのはどうだ?」
「私の名前じゃないの、それ」
「君みたいに、まっすぐで芯のある子になってほしいから、って意味だよ」

 セリアは顔を赤らめて、そっとユリウスの肩に寄りかかった。

「……じゃあ、男の子だったら『ユリウス』にしようかしら……あなたのように、少し不器用で真面目な名前」
「……それはちょっと、重たいかもな」

 二人の笑い声が、午後の陽だまりに溶けていく。

 世界は広い。
 魔術も、未来も、きっとまだまだ未知の領域だらけだ。
 けれど――ふたりの手には、たしかな温もりがあった。

 愛と信頼と、そして命の芽吹く静かな午後。
 それは、何よりも尊くて、やわらかな『幸せ』の形だった。

 ――この先も、ずっと一緒に。

 それが、セリアとユリウスの選んだ未来。
 かつて過去に傷ついた元、聖女候補は、今や優しい春の中で、ひとつの家庭を育てていた。
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