先生×秘密 〜season2
忘年会
「乾杯ーっ!」
居酒屋の個室には、数学科の面々が集まっていた。
年末の忘年会と称して、集まったのは同僚の数学教師たち──
もちろん、酔いが回るのも早い。
「渡部さーん、やっぱあなたにはかなわんわ!この数式!見て見て!」
「それ、解かされるやつじゃん……」
苦笑しながらグラスを口に運ぶ。
淡いレモンの香りと、アルコールの熱さが喉を滑った。
「渡部先生〜、モテてんでしょ? なんか最近、若い先生とのウワサ聞いたよ?」
「ないない」
即答したあと、軽く笑う。
ごまかすのは慣れている。嘘をつくのも、もう慣れた。
けれど、その笑顔の奥では──
「コメ」という名前が、消えることなく灯っていた。
***
家に帰り着いたのは、日付が変わる直前だった。
玄関の電気をつけても、部屋の空気はどこか冷たい。
ジャケットを椅子にかけて、ネクタイをゆるめる。
カーテンの隙間から見える、隣のマンションの
誰かが誰かと過ごす夜。
──そして、自分はひとり。
鞄を置こうとして、机の引き出しがわずかに開いた。
その中に、無造作に入れられたキーケースが見えた。
その端に、何かがぶらさがっている。
ふと目を落とす。
キーホルダー。
色褪せた金属。少し剥がれかけた塗装。
でも、何故か捨てられない。
手には取らなかった。
けれど、それがそこにあるというだけで、胸の奥がかすかに痛んだ。
***
コタツもない部屋で、ひとり。
テレビはつけず、スマホを見ては閉じ、見ては閉じ。
【未読】コメ先生(1)
そこに表示される名前に、指を伸ばせずにいた。
少しだけ、風が吹いた気がした。
カーテンが揺れ、冷たい風が心の隙間をなぞる。
そして彼は、机にうつぶせるようにして、目を閉じた。
会いたい、なんて──
言えたことは、一度もなかった。