先生×秘密 〜season2
火の気配
「はい、そこのポテト、食べて。コメ先生って食べるの遅いよね、昔から?」
「昔からって何ですか。まだ半年の付き合いじゃないですか」
角谷は笑ってグラスを掲げた。
居酒屋の個室。ちょっと照明が暗めで、落ち着く空間。
角谷は理科の教師。少しおっとりしているように見えて、時々芯の強さを見せる人。
コメとは同じ年。気づけば自然と仲良くなって、春から付き合い始めた。
「ていうかさ」
角谷が、ふいに箸を置いた。
「今日……喫煙所の前、通ったんだ」
「ん?」
「……君、いたよね?」
コメの手がピタッと止まる。
「隣、……渡部先生?」
一瞬で、空気が変わる。
けど、角谷の口調はあくまで軽い。
「もしかして、俺に内緒で煙草吸ってたりして? ……なーんてね」
冗談みたいに笑う彼に、コメは笑い返せなかった。
「私、吸ってないよ」
「うん、知ってる。匂いしないし」
そう言ったあと、角谷はグラスを持ち直して、また少し笑った。
「ただ……なんか、気になっただけ」
それは、「何かを見た」人の表情だった。
***
帰り道、夜風が心地よいはずなのに、胸の奥がざらつく。
歩きながら、コメは思った。
——角谷先生は、優しい。誠実だし、ちゃんと真面目に向き合ってくれる。
ポケットの中で、携帯が小さく震えた。
【渡部先生:今日、風強かったな。髪、大丈夫だったか】
ほんの短いメッセージ。
でも、風の中で髪を押さえた自分の仕草を見ていた、その事実が、胸の奥をざわつかせる。
すぐには返せなかった。
そして、ふと思う。
——渡部先生と連絡がとれるようになるなんて、
あの頃の自分には、想像もしなかっただろうな。
夜の風が、ポニーテールの先をふわりと揺らした。