野いちご源氏物語 二四 胡蝶(こちょう)
中宮(ちゅうぐう)様はちょうど(さと)()がりなさっているときだった。
去年の秋、中宮様が得意(とくい)(がお)(むらさき)(うえ)にお手紙をお送りになったから、
<今度はこちらから春を自慢(じまん)するお手紙を差し上げたい>
と紫の上はお思いになる。

源氏の君も、
<中宮様にこちらの庭をご覧いただきたい>
とお思いになるけれど、(とうと)い中宮様に気軽にお越しいただくわけにはいかない。
そこで、中宮様の若い女房(にょうぼう)たちのなかで風情(ふぜい)を理解しそうな人を()りすぐって、舟にお乗せになった。
華やかな中国風の舟なの。
舟の先の部分には(りゅう)の頭のような飾りがつけられ、舟を()ぐ少年たちも、中国風の髪形と着物で仮装させてある。

秋の御殿(ごてん)のお池は春の御殿のお池とつながっている。
小山(こやま)をぐるりと回って、舟は春のお池に入った。
女房たちはまるで外国に来たような心地がして、
<なんとすばらしい>
と目をみはる。

舟は小島(こじま)の方に寄る。
絵に描いたように美しい岩や(こけ)が、すぐ近くに見える。
木立(こだち)に咲く花が、ただよう(かすみ)のあちこちから顔を出している。
遠く春の御殿の方を見やると、(やなぎ)がゆったりと枝を()らして、花からとてもよい香りがするの。
よそでは(さか)りを過ぎた桜もここでは満開。
渡り廊下の方では藤の花が優雅に()れている。
山吹(やまぶき)の花はこぼれるように咲いて、お池の水に映りこんでいる。
水鳥(みずどり)の夫婦が寄り添って泳ぎ、巣作りに使うのかしら、細い枝をくわえて飛んでいく。

女房たちは時間が()つのも忘れてうっとりと(なが)める。
「風で揺れる水面(みなも)にも山吹が咲いているようですね」
「水の底にまで咲いているように見えます」
不老(ふろう)不死(ふし)(かな)いそうな美しいお庭ですこと」
「舟を()(さお)の先から落ちるしずくが、まるで花びら」
感じたことをそれぞれ言いあう。
自分たちがどこから来てどこへ行くのかも分からなくなってしまうほど、美しい世界に(ひた)りこんでいる。

日が暮れてきたころ、舟はお池に()()した渡り廊下に着いた。
女房たちは放心(ほうしん)状態で夢見(ゆめみ)心地(ごこち)なの。
春の御殿に上がった中宮様の女房たちも、お迎えした紫の上の女房たちも、皆そろって美しい。
今日はとくに念入りに身支度(みじたく)しているから、春のお庭にすばらしく()える。
めずらしい音楽が演奏される。
厳選(げんせん)された舞人(まいびと)が、みごとな(まい)披露(ひろう)した。
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