私の世界
第十話
全ては終わったはずだった。
ミツキさんもサヤカさんも、もうこの世界にはいない。彼女たちの存在は記憶から消去され、痕跡すら残っていない。まるで最初から存在しなかったかのように、完全に抹消されてしまった。
平穏を取り戻したかのように見える日常が、私の周りに戻ってきた。朝起きて、学校に行って、授業を受けて、友達と他愛のない話をして、家に帰る。表面的には、何も変わっていない。
でも私の心は、まるで深い沼の底に沈んでいるような重たさを抱えていた。
二つの存在を失った喪失感と、この世界でただ一人その事実を知るという重圧が、日常の何気ない瞬間に突然押し寄せてくるからだ。
友達が楽しそうに話している時、私だけがガラスの向こう側にいるような感覚に陥る。
彼女たちの笑い声は、水底から聞こえてくるような、ぼんやりとした遠い音になる。私が抱えている秘密の重さは、絶対に誰にも分かってもらえない。
そんなある日の放課後のことだった。
いつものように宿題を済ませて、特にやることもなく自室でぼんやりしていた。
窓の外では日常的な音が続いている。遠くで子供の声、車の音、どこかの家のテレビの音。平凡で、平和で、でもどこか空虚な時間が流れていた。
私は何気なくベッドに横になって、天井を見上げていた。そして、視線を壁に移した時、ベッドの枕元の白い壁に、見慣れないものを発見した。
それは小さな紫色の痕跡だった。
最初は汚れかと思った。
私が何かをこぼしたのか、それとも私が知らない間に何かをぶつけたものが傷になってしまったのかもしれない。
でも近づいてよく見ると、それは普通の汚れとは明らかに違っていた。
五円玉くらいの大きさで、形は不規則だった。
境界線がはっきりしていて、まるで壁紙の下から何かが滲み出してきているような印象を与えた。
色は深い紫色で、見ているだけで不安になるような、どこか生々しい質感があった。
私は椅子に上って、その痕跡を間近で確認した。指先で触れてみると、壁紙の表面に凹凸はない。
質感も普通の壁紙と変わらない。でも色だけが明らかに違う。
その色は、記憶の奥底で何かを呼び覚ました。
どこかで見たことがある気がする。そして、その記憶が明確になった時、私の全身に氷のような冷たさが走った。
ミツキさんがアカウントに投稿していた、あの異世界の空の色だった。
私は慌てて母親を呼んだ。
「お母さん、ちょっと見てもらいたいものがあるの」
台所で夕食の準備をしていた母親は、暫く待っていると、渋々という感じで私の部屋にやってきた。
「何?」
私は壁の痕跡を指差した。
「これ、見て。この紫色の染み」
母親は私の指先を見つめた。
そして、困惑した表情を浮かべた。
「どこ?」
「ここよ。ほら、ここに」
私は必死に指差した。でも母親の表情は変わらなかった。
「何もないけど。普通の白い壁よ」
「紫色の染みがあるの。五円玉くらいの大きさで」
「何もないわ。」
「そんなことない!」
思わず私は叫んでしまった。
「ああ、もう。中学生なんだから、ちょっとは…。そういえば、ちょっと疲れてるんじゃない?最近、変なことばかり言ってるし」
母親は呆れた表情を浮かべながら、言葉を続けた。
「疲れていたら、早く寝た方がいいわ」
そのまま、母は部屋から出て行った。
私は一人で考えた。
そう、母親には見えないのだ。
確実に私の目には見えているのに、母親には見えない。
その事実を理解した瞬間、私の背筋に何かが這い上がってくるような感覚があった。
絶望的な感覚。そう、これは私だけに起きている現象なのだ。
夜になって、私は宿題を済ませてベッドに入った。
でも眠る前に、もう一度その痕跡を確認してみた。部屋の明かりを消すと、暗闇の中でも、その紫色は微かに見えた。
気持ちが悪い。
私はそれが視界に入らないようにした。
そのまま寝ることに決め込む。
そんな時だった、私は微かな音を聞いた。
それは音楽でも、話し声でもなかった。まるで何かが乾いたものを擦り合わせているような、神経を逆撫でするような軋み音だった。
その音は壁の内部から聞こえてくるようで、建物の構造音とは明らかに違っていた。
私は息を止めて、その音に耳を澄ませた。
すると不思議なことが起きた。その音を聞いているうちに、頭の中に言葉の概念が浮かび上がってきたのだ。
『たすけて』
それは声として聞こえるのではなかった。
まるで誰かの思考が、直接私の脳裏に届いているような感覚だった。罪悪感に共鳴するように、内側から湧き出る概念だった。
私は布団をかぶって、その感覚を遮ろうとした。きっと気のせいだ。疲れているから、変な錯覚が起きているだけだ。
でも、その概念は止まらなかった。
『そこにいるんですか』
『はやくたすけて』
それらの概念は、まるで私の罪悪感と直結しているような切実さを持っていた。
ミツキさんを助けられなかった後悔、サヤカさんを守れなかった自責の念。それらの感情が、この概念によって増幅されていく感じがした。
私は枕で耳を塞いだ。
でも、それは外から聞こえてくる音ではない。いわば、内側から湧き出る思考だった。遮ることができない、逃れられない感覚だった。
その夜、私は断続的にしか眠れなかった。
目を閉じるたびに、あの概念が頭の中に浮かび上がってくるから。
そんなでも、時間がたち、朝になっていた。
ようやく朝となり、私が起きて壁を見ると、紫色の痕跡が微かに大きくなっているような気がした。
でも、それ以上に気になったのは、その痕跡が壁紙の模様と融合を始めていることだった。
壁紙の一部が、紫色に変色しているかのように見える。
それはまるで痕跡が壁紙に感染しているような、不気味な変化だった。
私は学校に行く準備をしながら、昨夜の出来事について考えた。
けれど、その意味は全く理解できなかった。
ただ、それでも私は普段の日常に進めるために、いつものように学校へ向かうことにした。
けれど、その時にも私は違和感を覚えた。
登校中だった。
いつもの道なのに、何かが微妙に違う。建物の配置は同じ、看板も同じ、道路の幅も同じ。
でも、全体的な印象が以前と違っているような気がした。
まるで同じ場所の、微妙に違うバージョンを歩いているような感覚だった。
その違和感を言葉にすることは難しい。ただ、偽物の世界を歩いているかのような感じだ。
もちろん、精巧な偽物で、本物と寸分違わない世界。
それって、本物と何が違うんだろう?
いや、それが分かるのは私の感覚だけ――。
気のせいにするにはあまりにも違う感覚。だけど、あまりにも本物に近い世界。
私は半ば強引にその違和感を無視して、学校への道を進んだ。
そんな奇妙な葛藤と闘いながら、私は学校に着いた。
けれども、その違和感は続いた。
教室の配置は同じ、クラスメイトも同じ、先生も同じ。でも、何かが微妙に違う気がしてならない。
そんな中で、ふと、私は自分の筆箱を開いた。
いつものシャープペンシルを取り出そうとした。
そこにあったのは、確かに私のシャーペンだった。
いやでも、色が違った。
私は青いシャーペンを愛用していたはずなのに、今手に取ったのは緑色だった。
ということはこれは偽物?
私は困惑した。でも、確かにこれは私のペンに見えた。
使い慣れた感じと、その外観は、全て私が覚えている通りだった。
でも、いつから緑色だったのだろう。
私には、これが青いペンだった記憶があるのに。
そんなことを考えているうちに、もしかしたら、最初から緑色だったのかもしれない、と思い込むことにした。
青いペンを使っていた、というのは、単なる私の勘違いだったのかもしれない。
でも、それは不可能だった。
私は確実に覚えている。昨日もおとといも、この青いペンを使っていた。
その時の記憶は鮮明だった。
分からなかった。けれど、私は思い込むしかなかった。
偽物の世界で嘘の言い訳を続ける、そんな私。
もう何かがおかしくなりそうだった。
その日は、ずっとそんな感じだった。
疲れた。
学校の授業が終わると、私は友達の誘いも断って、さっさと家に戻る。
心の中で、見えるものを無視して、聞こえる音を聞き流して家へと戻った。
それしかできなかった。
まともに考えることなんて、今の私にはできなかった。
家に着くと、私は真っ先に自分の部屋に戻った。
部屋に入ると、目に入った。
それは大きくなっていた。あの紫色のシミは、確実に大きくなっていた。
そして、壁紙の模様との融合も進んでいる。周囲の壁紙が紫色に染まって、全体の印象を不気味にしていた。
私はその痕跡をじっと見つめてしまった。
そして、否応なく気が付いた。その痕跡の形が、何かに似ていた。
それは、どこか、言いようがなく、人の顔のようにも見えた。
苦悶の表情を浮かべた人の顔。目があり、鼻があり、口がある。そして、その顔は明らかに何かに苦しめられているような表情をしていた。
もう見たくない。私はその壁紙のほうをなるべく見ないことにした。
ただ、その夜も、例の軋み音が聞こえた。そして、頭の中に概念が浮かび上がってきた。
『まってる』
『はやく』
それらの概念は、昨夜より明確になっていた。
まるで私の脳に直接語りかけているような感覚だった。
そして、その概念に混じって、これまでにない、何かの感覚も流れ込んできた。
ミツキさんの孤独感。サヤカさんの承認欲求。それらの感情が、私の中に入ってくる。
私は布団をかぶったが、その概念は止まらなかった。むしろ、だんだん強くなっているような気がした。
私は朝まで、その概念に苛まれ続けた。
そして、朝、起きると、紫の壁が目に入った。や、違う、これまでじゃないところまで、浸食がすすんでいた。
そう、天井にまで紫の痕跡は伸びていた。
そして、壁紙の模様との融合も進んでいる。壁紙の一面が紫色に染まって、もはや部屋全体の印象を変えていた。
それをじっと見ていると、私の頭がおかしくなりそうだった。
ミツキさんもサヤカさんも、もうこの世界にはいない。彼女たちの存在は記憶から消去され、痕跡すら残っていない。まるで最初から存在しなかったかのように、完全に抹消されてしまった。
平穏を取り戻したかのように見える日常が、私の周りに戻ってきた。朝起きて、学校に行って、授業を受けて、友達と他愛のない話をして、家に帰る。表面的には、何も変わっていない。
でも私の心は、まるで深い沼の底に沈んでいるような重たさを抱えていた。
二つの存在を失った喪失感と、この世界でただ一人その事実を知るという重圧が、日常の何気ない瞬間に突然押し寄せてくるからだ。
友達が楽しそうに話している時、私だけがガラスの向こう側にいるような感覚に陥る。
彼女たちの笑い声は、水底から聞こえてくるような、ぼんやりとした遠い音になる。私が抱えている秘密の重さは、絶対に誰にも分かってもらえない。
そんなある日の放課後のことだった。
いつものように宿題を済ませて、特にやることもなく自室でぼんやりしていた。
窓の外では日常的な音が続いている。遠くで子供の声、車の音、どこかの家のテレビの音。平凡で、平和で、でもどこか空虚な時間が流れていた。
私は何気なくベッドに横になって、天井を見上げていた。そして、視線を壁に移した時、ベッドの枕元の白い壁に、見慣れないものを発見した。
それは小さな紫色の痕跡だった。
最初は汚れかと思った。
私が何かをこぼしたのか、それとも私が知らない間に何かをぶつけたものが傷になってしまったのかもしれない。
でも近づいてよく見ると、それは普通の汚れとは明らかに違っていた。
五円玉くらいの大きさで、形は不規則だった。
境界線がはっきりしていて、まるで壁紙の下から何かが滲み出してきているような印象を与えた。
色は深い紫色で、見ているだけで不安になるような、どこか生々しい質感があった。
私は椅子に上って、その痕跡を間近で確認した。指先で触れてみると、壁紙の表面に凹凸はない。
質感も普通の壁紙と変わらない。でも色だけが明らかに違う。
その色は、記憶の奥底で何かを呼び覚ました。
どこかで見たことがある気がする。そして、その記憶が明確になった時、私の全身に氷のような冷たさが走った。
ミツキさんがアカウントに投稿していた、あの異世界の空の色だった。
私は慌てて母親を呼んだ。
「お母さん、ちょっと見てもらいたいものがあるの」
台所で夕食の準備をしていた母親は、暫く待っていると、渋々という感じで私の部屋にやってきた。
「何?」
私は壁の痕跡を指差した。
「これ、見て。この紫色の染み」
母親は私の指先を見つめた。
そして、困惑した表情を浮かべた。
「どこ?」
「ここよ。ほら、ここに」
私は必死に指差した。でも母親の表情は変わらなかった。
「何もないけど。普通の白い壁よ」
「紫色の染みがあるの。五円玉くらいの大きさで」
「何もないわ。」
「そんなことない!」
思わず私は叫んでしまった。
「ああ、もう。中学生なんだから、ちょっとは…。そういえば、ちょっと疲れてるんじゃない?最近、変なことばかり言ってるし」
母親は呆れた表情を浮かべながら、言葉を続けた。
「疲れていたら、早く寝た方がいいわ」
そのまま、母は部屋から出て行った。
私は一人で考えた。
そう、母親には見えないのだ。
確実に私の目には見えているのに、母親には見えない。
その事実を理解した瞬間、私の背筋に何かが這い上がってくるような感覚があった。
絶望的な感覚。そう、これは私だけに起きている現象なのだ。
夜になって、私は宿題を済ませてベッドに入った。
でも眠る前に、もう一度その痕跡を確認してみた。部屋の明かりを消すと、暗闇の中でも、その紫色は微かに見えた。
気持ちが悪い。
私はそれが視界に入らないようにした。
そのまま寝ることに決め込む。
そんな時だった、私は微かな音を聞いた。
それは音楽でも、話し声でもなかった。まるで何かが乾いたものを擦り合わせているような、神経を逆撫でするような軋み音だった。
その音は壁の内部から聞こえてくるようで、建物の構造音とは明らかに違っていた。
私は息を止めて、その音に耳を澄ませた。
すると不思議なことが起きた。その音を聞いているうちに、頭の中に言葉の概念が浮かび上がってきたのだ。
『たすけて』
それは声として聞こえるのではなかった。
まるで誰かの思考が、直接私の脳裏に届いているような感覚だった。罪悪感に共鳴するように、内側から湧き出る概念だった。
私は布団をかぶって、その感覚を遮ろうとした。きっと気のせいだ。疲れているから、変な錯覚が起きているだけだ。
でも、その概念は止まらなかった。
『そこにいるんですか』
『はやくたすけて』
それらの概念は、まるで私の罪悪感と直結しているような切実さを持っていた。
ミツキさんを助けられなかった後悔、サヤカさんを守れなかった自責の念。それらの感情が、この概念によって増幅されていく感じがした。
私は枕で耳を塞いだ。
でも、それは外から聞こえてくる音ではない。いわば、内側から湧き出る思考だった。遮ることができない、逃れられない感覚だった。
その夜、私は断続的にしか眠れなかった。
目を閉じるたびに、あの概念が頭の中に浮かび上がってくるから。
そんなでも、時間がたち、朝になっていた。
ようやく朝となり、私が起きて壁を見ると、紫色の痕跡が微かに大きくなっているような気がした。
でも、それ以上に気になったのは、その痕跡が壁紙の模様と融合を始めていることだった。
壁紙の一部が、紫色に変色しているかのように見える。
それはまるで痕跡が壁紙に感染しているような、不気味な変化だった。
私は学校に行く準備をしながら、昨夜の出来事について考えた。
けれど、その意味は全く理解できなかった。
ただ、それでも私は普段の日常に進めるために、いつものように学校へ向かうことにした。
けれど、その時にも私は違和感を覚えた。
登校中だった。
いつもの道なのに、何かが微妙に違う。建物の配置は同じ、看板も同じ、道路の幅も同じ。
でも、全体的な印象が以前と違っているような気がした。
まるで同じ場所の、微妙に違うバージョンを歩いているような感覚だった。
その違和感を言葉にすることは難しい。ただ、偽物の世界を歩いているかのような感じだ。
もちろん、精巧な偽物で、本物と寸分違わない世界。
それって、本物と何が違うんだろう?
いや、それが分かるのは私の感覚だけ――。
気のせいにするにはあまりにも違う感覚。だけど、あまりにも本物に近い世界。
私は半ば強引にその違和感を無視して、学校への道を進んだ。
そんな奇妙な葛藤と闘いながら、私は学校に着いた。
けれども、その違和感は続いた。
教室の配置は同じ、クラスメイトも同じ、先生も同じ。でも、何かが微妙に違う気がしてならない。
そんな中で、ふと、私は自分の筆箱を開いた。
いつものシャープペンシルを取り出そうとした。
そこにあったのは、確かに私のシャーペンだった。
いやでも、色が違った。
私は青いシャーペンを愛用していたはずなのに、今手に取ったのは緑色だった。
ということはこれは偽物?
私は困惑した。でも、確かにこれは私のペンに見えた。
使い慣れた感じと、その外観は、全て私が覚えている通りだった。
でも、いつから緑色だったのだろう。
私には、これが青いペンだった記憶があるのに。
そんなことを考えているうちに、もしかしたら、最初から緑色だったのかもしれない、と思い込むことにした。
青いペンを使っていた、というのは、単なる私の勘違いだったのかもしれない。
でも、それは不可能だった。
私は確実に覚えている。昨日もおとといも、この青いペンを使っていた。
その時の記憶は鮮明だった。
分からなかった。けれど、私は思い込むしかなかった。
偽物の世界で嘘の言い訳を続ける、そんな私。
もう何かがおかしくなりそうだった。
その日は、ずっとそんな感じだった。
疲れた。
学校の授業が終わると、私は友達の誘いも断って、さっさと家に戻る。
心の中で、見えるものを無視して、聞こえる音を聞き流して家へと戻った。
それしかできなかった。
まともに考えることなんて、今の私にはできなかった。
家に着くと、私は真っ先に自分の部屋に戻った。
部屋に入ると、目に入った。
それは大きくなっていた。あの紫色のシミは、確実に大きくなっていた。
そして、壁紙の模様との融合も進んでいる。周囲の壁紙が紫色に染まって、全体の印象を不気味にしていた。
私はその痕跡をじっと見つめてしまった。
そして、否応なく気が付いた。その痕跡の形が、何かに似ていた。
それは、どこか、言いようがなく、人の顔のようにも見えた。
苦悶の表情を浮かべた人の顔。目があり、鼻があり、口がある。そして、その顔は明らかに何かに苦しめられているような表情をしていた。
もう見たくない。私はその壁紙のほうをなるべく見ないことにした。
ただ、その夜も、例の軋み音が聞こえた。そして、頭の中に概念が浮かび上がってきた。
『まってる』
『はやく』
それらの概念は、昨夜より明確になっていた。
まるで私の脳に直接語りかけているような感覚だった。
そして、その概念に混じって、これまでにない、何かの感覚も流れ込んできた。
ミツキさんの孤独感。サヤカさんの承認欲求。それらの感情が、私の中に入ってくる。
私は布団をかぶったが、その概念は止まらなかった。むしろ、だんだん強くなっているような気がした。
私は朝まで、その概念に苛まれ続けた。
そして、朝、起きると、紫の壁が目に入った。や、違う、これまでじゃないところまで、浸食がすすんでいた。
そう、天井にまで紫の痕跡は伸びていた。
そして、壁紙の模様との融合も進んでいる。壁紙の一面が紫色に染まって、もはや部屋全体の印象を変えていた。
それをじっと見ていると、私の頭がおかしくなりそうだった。