私の世界
第九話
翌朝、私が学校に着いて教室に入ると、私を待っていたのは残酷なほどに平穏な日常だった。
クラスメイトたちは普通に話したり笑ったりしている。まるで昨夜の恐ろしい出来事など何もなかったかのように。
私は自分の席に座って教室を見回した。そして愕然とした。
ミツキさんの席には、見知らぬ女子生徒が座っていた。
ショートカットの髪で、眼鏡をかけた真面目そうな子だった。彼女は当たり前のようにその席に座って、隣の子と楽しそうに話している。
サヤカさんの席にも、別の女子生徒がいた。
長い黒髪の、おとなしそうな印象の子だった。彼女もまた、まるで最初からその席が自分の指定席であるかのように自然に座っている。
私は混乱した。
この二人は誰なんだろう。
そして、ミツキさんとサヤカさんはどこに行ったんだろう。
朝のホームルームが始まると、先生が出席確認をした。
私は必死に聞いていたが、如月ミツキという名前も、真鍋サヤカという名前すらも呼ばれなかった。
代わりに、ミツキさんの席に座っている子と、サヤカさんの席の子には、全く違う名前で返事をしていた。
まるで最初からその席の持ち主であるかのようだった。
一時間目の授業が始まっても、私の集中力は散漫だった。
教科書を開いてはいるものの、文字が頭に入ってこない。先生の声も遠くから聞こえてくるような感じがする。
休み時間になると、私は勇気を出してミツキさんの席に座っている子のところに行った。
「あの、すみません」
「はい?」
彼女は人懐っこい笑顔で振り返った。
「その席なんですけど、以前は如月ミツキさんという子が座ってたんです」
「え?誰ですか、それ?」
彼女は本当に困惑しているようだった。
「私、入学の時からずっとここですよ。如月さんって、このクラスにいましたっけ?」
周りの子たちも首をかしげている。
「如月?知らないな」
「このクラスにそんな子いたっけ?」
私は絶望した。やっぱり、誰も覚えていない。
ここまでくると、もしかしたら私の記憶が間違っているのかもしれないという、不安が出てきた。
一日、もやもやとしたまま私は過ごした。
放課後、私は職員室に向かった。
担任の先生に、確認してみたかった。
「先生、少しお時間をいただけますか」
「どうしたの?」
先生は書類を整理しながら答えた。
「如月ミツキさんと真鍋サヤカさんという生徒について教えてください」
「如月さん?真鍋さん?」
先生が困惑した表情を浮かべる。
「うちのクラスにそんな名前の生徒はいませんよ。他のクラスの子じゃないかしら」
「でも、確かにこのクラスにいたんです。ミツキさんは最近ずっと休んでて、サヤカさんはクラスで一番人気の子で……」
先生は生徒名簿を取り出した。
「ほら、見てごらんなさい。うちのクラスの生徒名簿よ」
私は名簿を見た。
そこには確かに、如月ミツキも真鍋サヤカも記載されていなかった。
「おかしいです。絶対にいたはずなのに」
「もしかして、他のクラスの子と間違えてるんじゃない?それとも、前の学校の友達の話?」
私は首を振った。
「このクラスです。確実にこのクラスにいました」
先生は心配そうに私を見つめた。
「ちょっと疲れてるんじゃないかしら?」
私は諦めて職員室を出た。
教室に向かって、廊下を歩く。
私は思った。きっと、他の誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろう、と。
そこまで考えたとき、私はあることを思いついた。
SNSのアカウントだ。あの異世界みたいな場所から連絡が取れていたもの。
私は、周囲の状況なんてお構いなしにスマホを手に取った。
ミツキさんのアカウントを検索してみた。でも見つからない。サヤカさんのアカウントも同じだった。
まるで最初から存在しなかったかのように。
私は涙がこぼれそうになった。本当に私だけが覚えているのだ。
ミツキさんのことも、サヤカさんのことも。
でもそれを誰かに話すことはできない。
話しても信じてもらえないから。誰も二人のことを覚えていないから。
私は一人でこの秘密を抱えて生きていかなければならないことに気がついた。
昨夜のあの踏切での出来事さえも、夢だったのではないかと思えてきた。
けれど、あの時、もしミツキさんが帰ってきてたら、私たちは本当に友達になれたかな。
きっとなれたと思う。私たちはどちらも孤独だった。だからこそ、理解し合えたかもしれない。
でももうその機会はない。
私はため息をついて、廊下を歩いていく、そこでふと教室の方を見た。
夕日が窓から差し込んで、その空間を照らしてた。
まるでそこに誰かがいるかのように、光が人の形を作ってた。
私は立ち止まってその空間を見つめた。そして小さくつぶやいた。
「ごめんなさい、ミツキさん。助けられなくて」
「ごめんなさい、サヤカさん。守れなくて」
返事はない。でも風が窓を揺らして、まるで誰かが応えてくれてるような音がした。
私は深く息を吸って、歩き続けた。この罪悪感と後悔を抱えながら、私はこれからも生きていく。二人のことを忘れずに。そして同じ過ちを繰り返さないように。
教室の二つの空間は、私への永遠の戒めとして、そこにあり続けるだろう。誰も座ることのない、静かな証人として。私だけが知ってる、失われた二つの存在の痕跡として。
私は校舎を出て、夕日の中を歩いて行った。長い影が地面に伸びて、まるで失われた友達が一緒に歩いてるようだった。でも振り返っても、そこには誰もいない。
ただ私の記憶の中にだけ、二人は生き続けてる。それが私にできる唯一の供養だった。
これから先、どれだけ時間が経っても、私は忘れない。いや、忘れることなんてできない。
あの紫色の空を見上げてたミツキさんのこと。そして、注目されることに飢えてたサヤカさんのことを。そして二人を救えなかった自分のこと。
世界は何事もなかったかのように回り続けていた。
でも。私には記憶があった。だから、あの夜、踏切で失ったものの重さを、私は一生背負って生きていく。
少なくとも私は、あの二人の分まで生きていこう。
そう思うほかに、今の私ができることは何もなかった。
クラスメイトたちは普通に話したり笑ったりしている。まるで昨夜の恐ろしい出来事など何もなかったかのように。
私は自分の席に座って教室を見回した。そして愕然とした。
ミツキさんの席には、見知らぬ女子生徒が座っていた。
ショートカットの髪で、眼鏡をかけた真面目そうな子だった。彼女は当たり前のようにその席に座って、隣の子と楽しそうに話している。
サヤカさんの席にも、別の女子生徒がいた。
長い黒髪の、おとなしそうな印象の子だった。彼女もまた、まるで最初からその席が自分の指定席であるかのように自然に座っている。
私は混乱した。
この二人は誰なんだろう。
そして、ミツキさんとサヤカさんはどこに行ったんだろう。
朝のホームルームが始まると、先生が出席確認をした。
私は必死に聞いていたが、如月ミツキという名前も、真鍋サヤカという名前すらも呼ばれなかった。
代わりに、ミツキさんの席に座っている子と、サヤカさんの席の子には、全く違う名前で返事をしていた。
まるで最初からその席の持ち主であるかのようだった。
一時間目の授業が始まっても、私の集中力は散漫だった。
教科書を開いてはいるものの、文字が頭に入ってこない。先生の声も遠くから聞こえてくるような感じがする。
休み時間になると、私は勇気を出してミツキさんの席に座っている子のところに行った。
「あの、すみません」
「はい?」
彼女は人懐っこい笑顔で振り返った。
「その席なんですけど、以前は如月ミツキさんという子が座ってたんです」
「え?誰ですか、それ?」
彼女は本当に困惑しているようだった。
「私、入学の時からずっとここですよ。如月さんって、このクラスにいましたっけ?」
周りの子たちも首をかしげている。
「如月?知らないな」
「このクラスにそんな子いたっけ?」
私は絶望した。やっぱり、誰も覚えていない。
ここまでくると、もしかしたら私の記憶が間違っているのかもしれないという、不安が出てきた。
一日、もやもやとしたまま私は過ごした。
放課後、私は職員室に向かった。
担任の先生に、確認してみたかった。
「先生、少しお時間をいただけますか」
「どうしたの?」
先生は書類を整理しながら答えた。
「如月ミツキさんと真鍋サヤカさんという生徒について教えてください」
「如月さん?真鍋さん?」
先生が困惑した表情を浮かべる。
「うちのクラスにそんな名前の生徒はいませんよ。他のクラスの子じゃないかしら」
「でも、確かにこのクラスにいたんです。ミツキさんは最近ずっと休んでて、サヤカさんはクラスで一番人気の子で……」
先生は生徒名簿を取り出した。
「ほら、見てごらんなさい。うちのクラスの生徒名簿よ」
私は名簿を見た。
そこには確かに、如月ミツキも真鍋サヤカも記載されていなかった。
「おかしいです。絶対にいたはずなのに」
「もしかして、他のクラスの子と間違えてるんじゃない?それとも、前の学校の友達の話?」
私は首を振った。
「このクラスです。確実にこのクラスにいました」
先生は心配そうに私を見つめた。
「ちょっと疲れてるんじゃないかしら?」
私は諦めて職員室を出た。
教室に向かって、廊下を歩く。
私は思った。きっと、他の誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろう、と。
そこまで考えたとき、私はあることを思いついた。
SNSのアカウントだ。あの異世界みたいな場所から連絡が取れていたもの。
私は、周囲の状況なんてお構いなしにスマホを手に取った。
ミツキさんのアカウントを検索してみた。でも見つからない。サヤカさんのアカウントも同じだった。
まるで最初から存在しなかったかのように。
私は涙がこぼれそうになった。本当に私だけが覚えているのだ。
ミツキさんのことも、サヤカさんのことも。
でもそれを誰かに話すことはできない。
話しても信じてもらえないから。誰も二人のことを覚えていないから。
私は一人でこの秘密を抱えて生きていかなければならないことに気がついた。
昨夜のあの踏切での出来事さえも、夢だったのではないかと思えてきた。
けれど、あの時、もしミツキさんが帰ってきてたら、私たちは本当に友達になれたかな。
きっとなれたと思う。私たちはどちらも孤独だった。だからこそ、理解し合えたかもしれない。
でももうその機会はない。
私はため息をついて、廊下を歩いていく、そこでふと教室の方を見た。
夕日が窓から差し込んで、その空間を照らしてた。
まるでそこに誰かがいるかのように、光が人の形を作ってた。
私は立ち止まってその空間を見つめた。そして小さくつぶやいた。
「ごめんなさい、ミツキさん。助けられなくて」
「ごめんなさい、サヤカさん。守れなくて」
返事はない。でも風が窓を揺らして、まるで誰かが応えてくれてるような音がした。
私は深く息を吸って、歩き続けた。この罪悪感と後悔を抱えながら、私はこれからも生きていく。二人のことを忘れずに。そして同じ過ちを繰り返さないように。
教室の二つの空間は、私への永遠の戒めとして、そこにあり続けるだろう。誰も座ることのない、静かな証人として。私だけが知ってる、失われた二つの存在の痕跡として。
私は校舎を出て、夕日の中を歩いて行った。長い影が地面に伸びて、まるで失われた友達が一緒に歩いてるようだった。でも振り返っても、そこには誰もいない。
ただ私の記憶の中にだけ、二人は生き続けてる。それが私にできる唯一の供養だった。
これから先、どれだけ時間が経っても、私は忘れない。いや、忘れることなんてできない。
あの紫色の空を見上げてたミツキさんのこと。そして、注目されることに飢えてたサヤカさんのことを。そして二人を救えなかった自分のこと。
世界は何事もなかったかのように回り続けていた。
でも。私には記憶があった。だから、あの夜、踏切で失ったものの重さを、私は一生背負って生きていく。
少なくとも私は、あの二人の分まで生きていこう。
そう思うほかに、今の私ができることは何もなかった。