私の世界
第十二話
それから数日が経った。私の日常は表面的には変わらないが、見えない部分では確実に変化が進んでいた。
壁の紫色の斑点は、もうあちらこちらに広がっていた。私の部屋にあったシミは、今では複雑な模様を描いている。
もはや、血管のような、神経線維のような、生き物のようにも見えた。そして、それらの模様は時として脈打っているように見えた。
まるで壁の内側で何かが蠢いているような、不気味な印象を与えた。
友達との会話も、だんだんと上の空になってきた。
彼女たちが楽しそうに話している横で、私だけが別の世界を見ているような感覚が強くなっていく。
まるで透明なガラスで仕切られた向こう側にいるような気分だった。
彼女たちの声は聞こえるが、内容が頭に入ってこない。笑い声も、まるで水の中から聞こえてくるような、ぼんやりとした音になっている。
私は適当に相槌を打っているだけ。
ただ、悲しいことにも、私が相槌を打っている反応はこれまでと同じ反応だったから、特に変にも思われていなかった。
ただ、あの日の夜のこと。
私は洗面所で歯を磨いていたときだった。
蛇口をひねって口をゆすごうとした時、流れ出てきた水が一瞬だけ紫色に見えた。
私は驚いて蛇口を止めた。そして、もう一度ひねってみた。今度は普通の透明な水が出てきた。
きっと錯覚だろう。照明の関係で、そう見えただけだろう。でも、あの一瞬の紫色は確実に見えた。
粘性を帯びた、まるで血液のような質感だった。
私は、もう一度蛇口をひねった。
今度は普通の水が出た。でも、その水すらも、どこか違って見える。透明なはずなのに、いいようもなく何かが違う質感のように感じられた。
鏡を見ると、自分の顔が映っていた。でも、その顔もどこか違う。いや、完全に私の顔なのだけれど。
それは偽の顔のように見えた。
いや、気のせいだ。
私はそう思い込むことで何とかするほかになかった。
その時、スマートフォンが通知音を鳴らした。この深夜にメッセージが届くのは珍しい。
私は画面を確認した。
見知らぬアカウントからの通知だった。
ただ、そのアカウント名を見て、私は全身が氷のように冷たくなった。
私の名前がひらがなで書かれていたからだ。
もちろん、私がそんなアカウントを作った覚えはない。
アイコンを見ると、寂れた駅のホームに立つ人の後ろ姿が写っていた。その人は私によく似ていた。体型、髪型、服装。
でも、確実に私ではない。
だって、こんな写真を撮った記憶なんてないからだ。
私はメッセージを開いた。そこには、一つの投稿がシェアされていた。
それは私が写っている写真だった。けれども、私がその写真を撮られた記憶はない。
写真は学校の中庭で撮られたもので、私が友達と話している場面だった。
でも、奇妙なことに、友達の顔だけが黒く塗りつぶされていた。まるで彼女たちの存在を消去するかのように。
私は慌ててそのアカウントの投稿一覧を確認した。そして、愕然とした。
そこには、私の日常生活の写真が大量に投稿されていた。
教室で授業を受けている私、廊下を歩いている私、食堂で食事をしている私。どれも私が撮られた記憶のない写真ばかりだった。
しかも、それらの写真では、私以外の人物の顔が全て黒く塗りつぶされているか、背景に溶け込むように消されていた。
まるで私が一人だけで存在しているかのように加工されていた。
そして、それぞれの写真に短い文章が添えられていた。
「今日も一人だった」
「誰も私を見てくれない」
「みんな私を避けている」
「話しかけても無視される」
「存在していないみたい」
どれも私が書いた覚えのない文章だった。
でも、その文体は確実に私のものだった。言葉の選び方、文章の構成、全て私の特徴を持っていた。
私は恐怖で手が震えた。
これは何を意味するのだろう。誰が私の写真を撮って、こんな加工を施したのだろう。
気持ち悪い、と思った。
ただ、そこで私は気がついた。
これらの投稿の内容は、ミツキさんが投稿していたものに似ていることに。
孤独感、疎外感、助けを求める気持ち。
あの時と、全て同じパターンだった。
私は恐ろしい可能性を考えた。
もしかしたら、この『捏造された私』のアカウントは、私がミツキさんを助けようとしたように、誰かを呼び寄せようとしているのではないだろうか。
助けを求める投稿、孤独を訴える内容、加工された写真。
全て、私がミツキさんから受け取ったものと同じ感じだった。
私はさらにスクロールを続けた。
投稿の数は膨大で、何百枚もの写真が並んでいた。そして、だんだん内容が変化していることに気がついた。
最初の投稿では、私は普通の学校生活を送っているように見えた。
でも、新しい投稿になるにつれて、私の表情が暗くなっている。そして、背景も現実離れしたものになっている。
最新の投稿では、私が見たことのない場所にいる写真が投稿されていた。
廃墟のような建物、色褪せた遊園地、無人の駅。どれも私が行ったことのない場所ばかりだった。
でも、写っている人物は確実に私だった。
顔、体型、雰囲気。全て私の特徴を持っていた。
私は慌ててアプリを閉じた。でも、すぐにまた通知音が鳴った。新しいメッセージが届いている。
「見てくれてありがとう」
私は画面を見つめた。
誰がこのメッセージを送ったのだろう。
すぐに次のメッセージが届いた。
「もうすぐ一緒になれるね」
そして、立て続けに次々とメッセージが届いた。
「待ってる」
「寂しかった」
「やっと友達ができる」
私は恐怖で手が震えた。
これは誰からのメッセージなのだろう。そして、何を意味しているのだろう。
私は部屋を見回した。壁の紫色の模様が、さらに複雑になっていた。
血管のような、神経線維のようなものが、部屋全体を覆っていた。
そして、その模様が時として脈打っているように見えた。
まるで巨大な生物の内臓の中にいるような、生理的な嫌悪感を覚えた。
私は窓を開けて外を見た。
隣の家の壁にも、同じような模様が現れていた。
街灯の柱、道路の表面、電線にまで、紫色の斑点が散らばっていた。
でも、通りを歩いている人たちは何も気づいていない。
普通に会話をしながら歩いている。私だけが、この異常な光景を見ているのだ。
その夜、私は一睡もできなかった。
スマートフォンからは、次々と通知音が聞こえてくる。『捏造された私』からのメッセージが、止まることなく届き続けた。
「早く来て」
「みんな待ってる」
「一緒にいよう」
「偽物の世界から、こちらへきて」
私は通知音を切った。
けども、画面を見ると、メッセージの数は増え続けていた。
壁の紫色の斑点は、もうあちらこちらに広がっていた。私の部屋にあったシミは、今では複雑な模様を描いている。
もはや、血管のような、神経線維のような、生き物のようにも見えた。そして、それらの模様は時として脈打っているように見えた。
まるで壁の内側で何かが蠢いているような、不気味な印象を与えた。
友達との会話も、だんだんと上の空になってきた。
彼女たちが楽しそうに話している横で、私だけが別の世界を見ているような感覚が強くなっていく。
まるで透明なガラスで仕切られた向こう側にいるような気分だった。
彼女たちの声は聞こえるが、内容が頭に入ってこない。笑い声も、まるで水の中から聞こえてくるような、ぼんやりとした音になっている。
私は適当に相槌を打っているだけ。
ただ、悲しいことにも、私が相槌を打っている反応はこれまでと同じ反応だったから、特に変にも思われていなかった。
ただ、あの日の夜のこと。
私は洗面所で歯を磨いていたときだった。
蛇口をひねって口をゆすごうとした時、流れ出てきた水が一瞬だけ紫色に見えた。
私は驚いて蛇口を止めた。そして、もう一度ひねってみた。今度は普通の透明な水が出てきた。
きっと錯覚だろう。照明の関係で、そう見えただけだろう。でも、あの一瞬の紫色は確実に見えた。
粘性を帯びた、まるで血液のような質感だった。
私は、もう一度蛇口をひねった。
今度は普通の水が出た。でも、その水すらも、どこか違って見える。透明なはずなのに、いいようもなく何かが違う質感のように感じられた。
鏡を見ると、自分の顔が映っていた。でも、その顔もどこか違う。いや、完全に私の顔なのだけれど。
それは偽の顔のように見えた。
いや、気のせいだ。
私はそう思い込むことで何とかするほかになかった。
その時、スマートフォンが通知音を鳴らした。この深夜にメッセージが届くのは珍しい。
私は画面を確認した。
見知らぬアカウントからの通知だった。
ただ、そのアカウント名を見て、私は全身が氷のように冷たくなった。
私の名前がひらがなで書かれていたからだ。
もちろん、私がそんなアカウントを作った覚えはない。
アイコンを見ると、寂れた駅のホームに立つ人の後ろ姿が写っていた。その人は私によく似ていた。体型、髪型、服装。
でも、確実に私ではない。
だって、こんな写真を撮った記憶なんてないからだ。
私はメッセージを開いた。そこには、一つの投稿がシェアされていた。
それは私が写っている写真だった。けれども、私がその写真を撮られた記憶はない。
写真は学校の中庭で撮られたもので、私が友達と話している場面だった。
でも、奇妙なことに、友達の顔だけが黒く塗りつぶされていた。まるで彼女たちの存在を消去するかのように。
私は慌ててそのアカウントの投稿一覧を確認した。そして、愕然とした。
そこには、私の日常生活の写真が大量に投稿されていた。
教室で授業を受けている私、廊下を歩いている私、食堂で食事をしている私。どれも私が撮られた記憶のない写真ばかりだった。
しかも、それらの写真では、私以外の人物の顔が全て黒く塗りつぶされているか、背景に溶け込むように消されていた。
まるで私が一人だけで存在しているかのように加工されていた。
そして、それぞれの写真に短い文章が添えられていた。
「今日も一人だった」
「誰も私を見てくれない」
「みんな私を避けている」
「話しかけても無視される」
「存在していないみたい」
どれも私が書いた覚えのない文章だった。
でも、その文体は確実に私のものだった。言葉の選び方、文章の構成、全て私の特徴を持っていた。
私は恐怖で手が震えた。
これは何を意味するのだろう。誰が私の写真を撮って、こんな加工を施したのだろう。
気持ち悪い、と思った。
ただ、そこで私は気がついた。
これらの投稿の内容は、ミツキさんが投稿していたものに似ていることに。
孤独感、疎外感、助けを求める気持ち。
あの時と、全て同じパターンだった。
私は恐ろしい可能性を考えた。
もしかしたら、この『捏造された私』のアカウントは、私がミツキさんを助けようとしたように、誰かを呼び寄せようとしているのではないだろうか。
助けを求める投稿、孤独を訴える内容、加工された写真。
全て、私がミツキさんから受け取ったものと同じ感じだった。
私はさらにスクロールを続けた。
投稿の数は膨大で、何百枚もの写真が並んでいた。そして、だんだん内容が変化していることに気がついた。
最初の投稿では、私は普通の学校生活を送っているように見えた。
でも、新しい投稿になるにつれて、私の表情が暗くなっている。そして、背景も現実離れしたものになっている。
最新の投稿では、私が見たことのない場所にいる写真が投稿されていた。
廃墟のような建物、色褪せた遊園地、無人の駅。どれも私が行ったことのない場所ばかりだった。
でも、写っている人物は確実に私だった。
顔、体型、雰囲気。全て私の特徴を持っていた。
私は慌ててアプリを閉じた。でも、すぐにまた通知音が鳴った。新しいメッセージが届いている。
「見てくれてありがとう」
私は画面を見つめた。
誰がこのメッセージを送ったのだろう。
すぐに次のメッセージが届いた。
「もうすぐ一緒になれるね」
そして、立て続けに次々とメッセージが届いた。
「待ってる」
「寂しかった」
「やっと友達ができる」
私は恐怖で手が震えた。
これは誰からのメッセージなのだろう。そして、何を意味しているのだろう。
私は部屋を見回した。壁の紫色の模様が、さらに複雑になっていた。
血管のような、神経線維のようなものが、部屋全体を覆っていた。
そして、その模様が時として脈打っているように見えた。
まるで巨大な生物の内臓の中にいるような、生理的な嫌悪感を覚えた。
私は窓を開けて外を見た。
隣の家の壁にも、同じような模様が現れていた。
街灯の柱、道路の表面、電線にまで、紫色の斑点が散らばっていた。
でも、通りを歩いている人たちは何も気づいていない。
普通に会話をしながら歩いている。私だけが、この異常な光景を見ているのだ。
その夜、私は一睡もできなかった。
スマートフォンからは、次々と通知音が聞こえてくる。『捏造された私』からのメッセージが、止まることなく届き続けた。
「早く来て」
「みんな待ってる」
「一緒にいよう」
「偽物の世界から、こちらへきて」
私は通知音を切った。
けども、画面を見ると、メッセージの数は増え続けていた。