野いちご源氏物語 二五 蛍(ほたる)
源氏の君は玉葛の姫君のお部屋にいらっしゃって、あちこちに絵巻が散らばっているのをご覧になった。
「あぁ、ぞっとする。女性というのは生まれつき人に騙されるのがお好きなのですね。こんなのは作り話ばかりではないか。みずから進んで騙されて感動したあげく、書き写しまでしていらっしゃる。こんな蒸し暑いときにそんなことをなさったらどうなるか分かりますか。お髪が汗で額に貼りついていますよ」
笑いながらおっしゃって、絵巻をひとつお取りになる。
「まぁ、そうは言っても昔話でも読んでいなければ退屈で仕方ありませんからね。文章の上手な人が読者に共感させようと筆を振るったところなど、作り話だと分かっていても心が動くものです。可憐な姫君が物思いをしている場面など、思わず感情移入してしまう。逆にいかにも胡散臭い話でも、おおげさな書きぶりに引きこまれて、ついはらはらしてしまうことがあります。とはいえそれは初めて聞いたときだけで、二回目からはさすがに冷静になりますがね。
近ごろ、明石の姫君のために女房が読んでいるのを耳にすることがありますが、作り話の上手な人が世の中にはいるものですね。普段から嘘をつきなれている人なのだろう」
姫君は水を差されたような気がなさる。
「嘘をつきなれている方はそのようにお思いになるのですね。私などにはどれも本当の話のような気がいたしますけれど」
硯を押しやってふくれていらっしゃるので、源氏の君は取り繕われる。
「物語に対して失礼なことを言ってしまいましたね。見下しているわけではないのですよ。我々貴族の男たちは歴史書を後生大事に抱えていますが、そこに何もかもが書かれているわけではない。むしろ物語の方にこそ、個人個人の人生が描かれているのだろう。
ただし、物語は伝記ではないのです。『この人のことを書きたい』と思って書きはじめるのではなく、『この出来事を書きのこしたい』とか『あの人の振舞いを他の人にも知ってほしい』と思って書くのでしょう。そういう小さな話をつぎはぎして作っていくのですから、良いことを書くなら良い話ばかりを集めますし、悪いことを書くなら悪い話ばかりを集めます。しかし、そんな完全な善人も悪人もこの世にはいないから、『物語なんて嘘だ』と思ってしまいやすい。ひとつひとつの話を見れば、どれも本当に起きたことなのでしょうがね。
嘘といえば、仏様のありがたいお経には、方便といって、一見矛盾するようなことが書かれている部分があります。しかしそれで『お経なんて嘘だ、読む価値がない』と言ってよいものでしょうか。仏様は方便を通じて、真の教えを伝えてくださっている。お経のことをよく勉強すればその教えに気づくのです。
物語にも、作者が真に伝えたいことというのがあるはずです。そしてそれを、一見嘘に思えるようなことを通じて読者に伝えようとしている。嘘に見えるものほど奥は深く、突き詰めていけば思いもよらない学びが得られる。お経はもちろん、物語だってそういう立派なものです」
物語をずいぶんと持ち上げなさった。
「あぁ、ぞっとする。女性というのは生まれつき人に騙されるのがお好きなのですね。こんなのは作り話ばかりではないか。みずから進んで騙されて感動したあげく、書き写しまでしていらっしゃる。こんな蒸し暑いときにそんなことをなさったらどうなるか分かりますか。お髪が汗で額に貼りついていますよ」
笑いながらおっしゃって、絵巻をひとつお取りになる。
「まぁ、そうは言っても昔話でも読んでいなければ退屈で仕方ありませんからね。文章の上手な人が読者に共感させようと筆を振るったところなど、作り話だと分かっていても心が動くものです。可憐な姫君が物思いをしている場面など、思わず感情移入してしまう。逆にいかにも胡散臭い話でも、おおげさな書きぶりに引きこまれて、ついはらはらしてしまうことがあります。とはいえそれは初めて聞いたときだけで、二回目からはさすがに冷静になりますがね。
近ごろ、明石の姫君のために女房が読んでいるのを耳にすることがありますが、作り話の上手な人が世の中にはいるものですね。普段から嘘をつきなれている人なのだろう」
姫君は水を差されたような気がなさる。
「嘘をつきなれている方はそのようにお思いになるのですね。私などにはどれも本当の話のような気がいたしますけれど」
硯を押しやってふくれていらっしゃるので、源氏の君は取り繕われる。
「物語に対して失礼なことを言ってしまいましたね。見下しているわけではないのですよ。我々貴族の男たちは歴史書を後生大事に抱えていますが、そこに何もかもが書かれているわけではない。むしろ物語の方にこそ、個人個人の人生が描かれているのだろう。
ただし、物語は伝記ではないのです。『この人のことを書きたい』と思って書きはじめるのではなく、『この出来事を書きのこしたい』とか『あの人の振舞いを他の人にも知ってほしい』と思って書くのでしょう。そういう小さな話をつぎはぎして作っていくのですから、良いことを書くなら良い話ばかりを集めますし、悪いことを書くなら悪い話ばかりを集めます。しかし、そんな完全な善人も悪人もこの世にはいないから、『物語なんて嘘だ』と思ってしまいやすい。ひとつひとつの話を見れば、どれも本当に起きたことなのでしょうがね。
嘘といえば、仏様のありがたいお経には、方便といって、一見矛盾するようなことが書かれている部分があります。しかしそれで『お経なんて嘘だ、読む価値がない』と言ってよいものでしょうか。仏様は方便を通じて、真の教えを伝えてくださっている。お経のことをよく勉強すればその教えに気づくのです。
物語にも、作者が真に伝えたいことというのがあるはずです。そしてそれを、一見嘘に思えるようなことを通じて読者に伝えようとしている。嘘に見えるものほど奥は深く、突き詰めていけば思いもよらない学びが得られる。お経はもちろん、物語だってそういう立派なものです」
物語をずいぶんと持ち上げなさった。