野いちご源氏物語 二五 蛍(ほたる)
源氏(げんじ)(きみ)は、同じ夏の御殿(ごてん)花散里(はなちるさと)(きみ)のところへもお顔をお出しになった。
「今日は内裏(だいり)で馬を使った競技会が行われますが、中将(ちゅうじょう)がそのあとこちらに同僚(どうりょう)たちを連れてきて、ここの馬場(うまば)でも競技会をすると言っていました。昼ごろにやって来るそうです」
若君(わかぎみ)()近衛(このえ)()という内裏(だいり)の役所で、中将(ちゅうじょう)のお役目をしていらっしゃる。
()近衛(このえ)()の公式競技会のあと、少しくだけた会を六条(ろくじょう)(いん)で楽しもうとお考えになったのね。

「とくにお客様をお招きするつもりはなかったのですが、親王(しんのう)様たちがお耳に挟んで、見物(けんぶつ)にいらっしゃるらしいのです。大がかりな(もよお)しになりそうですから、女房(にょうぼう)たちに見物させておやりなさい」
競技会場である馬場(うまば)も、お客様たちが観覧(かんらん)するための建物も、夏の御殿(ごてん)の近くにあるの。
渡り廊下に女房用の見物席を作れば、競技はもちろん、観覧なさる方々のご様子もよく見えるはず。

源氏の君は若い女房や女童(めのわらわ)に優しくおっしゃる。
「そなたたちは渡り廊下から見物しなさい。美しい役人たちがたくさんやって来ますよ。そこらの中級貴族にも負けないような立派な人たちです」
やはり若い女の子たちね、とてもよろこんで楽しみにしていたわ。

玉葛(たまかずら)姫君(ひめぎみ)も女童などを見物に行かせておやりになった。
どちらの女童も季節に合った着物を着ているのだけれど、玉葛の姫君の女童は現代風で、花散里の君の女童はおっとりと品のよい雰囲気よ。
お互いに自分たちの方がかわいいと思っているらしいのがおもしろい。

馬場(うまば)に面した渡り廊下に青々(あおあお)とした(すだれ)()らして、女房や女童たちの見物席にした。
見物席から外はよく見えるけれど、外から見物席はほとんど見えない。
安心して男性の(しな)(さだ)めができそうね。
若い貴族たちも、見物席の方をちらちら見て気にしている。

昼下がりに源氏の君が観覧(かんらん)(じょ)へ行かれると、やはり親王様たちがたくさん集まっておられた。
私的(してき)な競技会だから、いろいろと目新しい工夫がしてあっておもしろい、らしいわ。
(ひだり)組と(みぎ)組に分かれて競い合っているのだけれど、正直なところ、見物している女房たちは勝ち負けの基準もよく知らないの。
でも、美しい衣装を着て馬に乗った役人たちが、次々とびっくりするような大技を決めるから目が離せない。

楽団(がくだん)も来て、左右に分かれて応援している。
左組が得点すれば左の楽団が、右組が得点すれば右の楽団が大きな音で楽器を打ち鳴らす。
夜になって競技ができなくなるまで楽しんで、役人たちはご褒美(ほうび)をいただいた。
()()けになってからお客様たちも六条の院を退出なさったわ。
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