五妃伝 ~玉座に咲く愛~
呼びかけに、紫煙は視線だけで応えた。

「そなたには、徳妃を任せたい。」

淡々とした提案に、紫煙はしばらく口を開かなかった。

やがて、少しだけ口元を動かした。

「理由は?」

玄曜は、一歩紫煙に近づいた。

「君と飲む酒は、実に上手い。」

紫煙は鼻で笑った。

「それで位が決まるとは、良い国ですね。」

だが玄曜の表情は変わらなかった。

「……君になら、背中を預けられる。」

その一言に、紫煙の目がわずかに揺れた。

「――それは、妃としてではなく、兵としての評価でしょう?」

「両方だ。紫煙。朕にとって、そなたは唯一無二だ。」

紫煙は、木剣を下ろした。

「……わかりました。徳妃、拝命いたします。」

風が吹き、彼女の髪が舞った。

戦場のように張りつめた空気の中で、静かに新たな妃の誕生が告げられた瞬間だった。
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