その色に触れたくて…

【第4章】気づいたら、目で追ってる



【柱:次の日。芸術大学・キャンパス内。昼休み】

【ト書き】
昼休みのキャンパスには、心地よい風と学生たちの笑い声が響いている。
ベンチに座った新菜は、自分のスケッチブックを膝に乗せたまま、ぼーっと前を見ていた。

【新菜(内心)】
(……昨日、成海くんと手を繋いだの、夢じゃなかったよね?
 ちゃんと、私の手……あったかくて、しっかり握ってくれて……)

【ト書き】
思い出すたびに、胸の奥がじんわりと熱くなって、自然と顔が赤くなる。
でも、誰にも言えない。こんな気持ち、言葉にしたらすぐバレちゃいそうで。

【友人(クラスメイト女子)】
「ねぇねぇ新菜~、昨日の放課後さ、久瀬先輩と一緒にいたよね?」

【新菜(ビクッと)】
「えっ!?あ、ああ……!ちょっと、アトリエで……一緒に課題やってただけ……!」

【友人】
「へぇ~?でもさ、めっちゃ距離近かったよ?
 なんか雰囲気、よかったっていうか……ふたり、いい感じ?」

【新菜(あたふたしながら)】
「な、なにそれっ!ちがっ……違うってば……!!」

【ト書き】
顔を真っ赤にしながら否定する新菜の様子に、友人はクスッと笑う。
そのとき——
少し離れた廊下を歩いてくる、ひとりの男の子の姿が見えた。

【ト書き】
茶色に染めた髪が陽に照らされてやわらかく光り、無表情のようでどこか優しい目元。
久瀬成海。
視線が自然と、彼の方へ吸い寄せられる。

【新菜(内心)】
(……やっぱり、目で追っちゃうんだよな……)

【ト書き】
ふいに成海と目が合った。
ほんの一瞬——
彼は、口元だけでニッと笑った。

【新菜(胸がドキンとして)】
(や、やばい……あれ、完全に、私だけに向けて……)

【友人(ニヤニヤしながら)】
「ほら~~やっぱ怪しいじゃん。目、合った瞬間ニヤけてたぞ~?」

【新菜(耳まで真っ赤になって)】
「わ、わかんない!!そんなの見てないしっ!!」

【ト書き】
だけど、視線の先にいた成海は、誰とも話さずにそのまま立ち去っていった。
でも——
そのとき確かに、新菜の心には、ひとつの確信が芽生えていた。

【新菜(内心・そっと胸に手を当てて)】
(……ほんとに、私のこと……見てくれてるのかな)


【柱:芸術大学・屋上。昼休み】

【ト書き】
新菜は、昼休みになるとこっそりと階段を上がっていた。
誰にも話さず、誰にも言わず。
だけど、なぜか——その人は、もう先にそこにいた。

【成海(フェンスにもたれながら)】
「……来んの、遅い」

【新菜(驚きつつ、笑って)】
「え、なんでいるの!?……私、誰にも言ってないのに」

【成海(少しだけ目を細めて)】
「お前が屋上好きなの、知ってる。
 それに、今日……来る気がしてた」

【ト書き】
風がふわりと吹いて、新菜の髪が揺れる。
目を細める成海の横顔が、陽の光に照らされて、やけに綺麗に見えた。

【新菜(内心)】
(ずるいなぁ……また、勝手にドキドキしてる)

【新菜】
「……ねぇ、成海くん。昨日のこと、覚えてる?」

【成海(そっけなく)】
「どの?」

【新菜(むぅっとして)】
「またそれ言う……“手、繋いだこと”」

【成海(少し口元を緩めながら)】
「……覚えてる。
 忘れろって方がムリだろ」

【ト書き】
その言葉だけで、鼓動が跳ねる。
どこまでもあっさりした声なのに、ずっと心に残ってしまう。

【新菜】
「……わたし、昨日あれからずっと、手があったかくて、なんか眠れなかった……」

【成海(ゆるく笑って)】
「小学生かよ」

【新菜(ふてくされて)】
「うるさいっ、成海くんのせいだからね……っ」

【ト書き】
だけど、ほんとはそんな風に強く言えないくらい。
今でも手のひらがふわっと熱くなる。
彼の温度が、じんわり残ってる。

【成海(ポケットから何か取り出して)】
「……これ、持ってけよ」

【新菜(受け取りながら)】
「……飴?どうしたの?」

【成海】
「朝、買って余ってただけ。
 甘いもん食っときゃ、少しは落ち着くだろ」

【新菜(ほんのり笑って)】
「……ありがと」

【ト書き】
甘い飴の包み紙を見つめながら、新菜は成海の手をちらりと見る。
昨日、あの指が、自分の手をしっかりと包んでくれたことを思い出していた。

【新菜(内心)】
(成海くんって、やっぱり優しいよ。……わかりづらいけど)

【ト書き】
ふと風が吹いて、新菜の髪が舞う。
その瞬間、成海の手が自然と伸びて、彼女の髪をそっと抑えた。

【成海】
「風、強いな。
 ……髪、邪魔じゃね?」

【新菜(少し照れて)】
「……成海くんが触ると、なんか、もっと落ち着かなくなる」

【成海(声をひそめて)】
「そっか。……じゃあ、触れたくなる俺のせいだな」

【ト書き】
目が合った。
少しの沈黙と、くすぐったい空気の中で、どちらからともなくふっと笑い合う。

【新菜(内心)】
(もうきっと、ただの幼なじみじゃいられない。
 だって、今の私は——)

【新菜(心の中でそっと)】
(……成海くんに、恋してるから)




【柱:芸術大学・夕方の図書室】

【ト書き】
夕方の図書室。
課題用の画集を探すふりをして、本棚の影からちらりと成海の姿を探してしまう。
さっき、屋上で笑い合ったばかりなのに、心がふわふわして落ち着かない。

【新菜(内心)】
(……また話したい。まだ隣にいたい。
 でも、もしうざいって思われたら……)

【ト書き】
そんな自分の気持ちに気づいて、胸がきゅっとなる。
好きって、こんなにも臆病な感情なんだ。
思わず、画集を開く手が止まる。

【成海(不意に背後から声をかける)】
「何してんの。探しもん?」

【新菜(ビクッとして振り返り)】
「えっ、あ……うん、ちょっと資料……」

【成海(無表情で近づいて、スッと一冊取り出して渡す)】
「これ、探してたんだろ?
 こっちにあった」

【新菜(目を見開いて)】
「……え、なんで分かったの?」

【成海】
「……お前が見そうなページ、癖で分かる。
 前もこの作家、めっちゃ見てたし」

【ト書き】
成海の何気ない言葉が、まるで静かな愛情のように響く。
けれど——
それが一歩踏み込んだ“想い”かどうかは、まだ分からない。

【新菜(小さく笑って)】
「……ずるいな。そういうとこ」

【成海(少し眉をひそめて)】
「……何が」

【新菜】
「いつも、先に気づいてくれるのに。
 私が一生懸命隠してること、全部見透かされてるみたいで……
 ……なのに、成海くんのことは、全然わかんない」

【ト書き】
その言葉に、成海はふと黙る。
一瞬だけ視線を落として、手に持った画集を静かに閉じた。

【成海(ぽつりと)】
「……わかんなくていいよ」

【新菜(驚いたように)】
「……え……?」

【成海】
「全部、知ってほしいわけじゃないし。
 ……お前にまで、重く思われたくないから」

【ト書き】
その声は、少しだけ遠かった。
彼の隣にいるはずなのに、急に手の届かない場所に立たれた気がした。

【新菜(内心)】
(——やっぱり、まだ何かを、抱えてるんだ)

【新菜(そっと声を落として)】
「……でも私、知りたいよ。
 成海くんのこと。もっと、ちゃんと……」

【ト書き】
言いかけたその瞬間、成海のスマホがバイブ音を鳴らした。
ちらっと見て、無言でポケットに戻すその表情が、一瞬だけ曇る。

【新菜(小さく)】
「……誰?」

【成海(淡々と)】
「ただの知り合い。気にすんな」

【ト書き】
気にするなと言われても、その言葉は簡単には胸に落ちない。
隣にいながら、自分の知らない何かがそこにある。
まだ届かない、まだ触れられない。
その“色”が、とても切なく思えた。

【新菜(内心)】
(私だけが、好きになってるのかな。
 私だけが、近づいてる気になってただけ……?)

【ト書き】
閉じた画集の表紙を見つめながら、
新菜は小さく息を吐いた。
この気持ちを、どうしたら届くのか。
まだ、分からないまま——

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